かくれんぼ

人生

 将を射んと欲すれば、先ず馬を射よ。




「おそとであそんじゃダメなのー?」


「うん、お外はまた今度ねー。ママが帰ってくるまでお姉ちゃんとお家でお留守番してよ?」


「うーん、でもつまんなーい」


「あ、ほら、ゲームあるよ。ゲームしよっか?」


「それパパのだから、かってにさわっちゃダメなんだよ」


「でもパパは今、入院してるでしょ? ちょっとくらい、いいんじゃないかなー?」


「ダメなのはダメなんだよー」


「そっかー、マユちゃんは約束守れる良い子だねー。じゃあ、どうしよう……おままごとでもしよっか?」




                   ■




 むかしむかしあるところに、一人の女の子がいました。

 女の子はその国の王子様と結婚の約束をしていましたが、王子様は別の国のお姫様と結婚してしまいました。


 王子様は王様になり、二人の間には可愛い赤ちゃんが生まれました。

 赤ちゃんは立派に成長し、きれいなお姫様になりました。

 お姫様の名前は、「マユちゃん」と言います。


「マユがおひめさまー?」


「そうだよー」


 ある日、マユちゃんの前に一人の魔女が現れました。

 魔女の正体は、むかし王様に裏切られた女の子でした。

 その女の子は、王様へ復讐するため、マユちゃんを誘拐します。


「マユちゃんは捕まってしまいましたー」


「きゃー」


「でもー、マユちゃんはなんとか逃げ出して、魔女のお家のなかに隠れます。じゃあお姉ちゃん目つむってるから、マユちゃんどこかに隠れてきてねー」


「かくれんぼー?」


「そうだよー。魔女に見つかったら食べられちゃうからねー」




                   ■




 ピンポーン――


 チャイムの音が聞こえてきた。


「マユちゃん、いるー? お隣のおばちゃんだけど――」


 どうやらお隣のナトリさんが訪ねてきたらしい。

 ドアを開けると、着飾った中年の女性が立っていた。こちらを見て、怪訝そうな顔をする。


「どちら様――……え? あ、旦那さんの……。あ、そうなのー、良かったわー。ごめんなさいねえ、電話もらってたみたいなんだけど、ついさっきまで留守電に気付かなくて。あぁでも安心したわ、マユちゃんの面倒見てくれるなら大丈夫ね。わたし今日これから用事があって――ごめんなさいねぇ、助かるわぁ」


 ナトリさんは私がこの家の主人の知り合いだと説明すると、簡単に納得し、あっさりと身を引いた。


 隣人の登場には驚いたが、想定の範囲内だ。無事にやり過ごすことが出来た。これからのご近所づきあいのためにも、隣人には良い印象を与えなくてはいけない。


 顔を見られたのは少々困るが、仕方ない。これくらいのリスクがあってこそ、相応のリターンが見込めるというものだ。主人に女性の知人がいるという噂はすぐに広がることだろう。


 そして、あの女が、娘の面倒もロクに見れない駄目な親だという噂も――




                   ■




「ナトリさーん――あれ? お留守かしら? それとも、うちの方?」


 ………………、


「ただいまー――……ナトリさーん? すみませんマユのこと預かってもらって。急に実家から父が倒れたって連絡があったもので――」


 ………………、


「……あれ? ナトリさん? ……いないのかしら。……マユー? ママ帰ったわよー……?」


 ………………、



「……マユ……?」




                   ■




 ――魔女はマユちゃんのママに変身して、ママとおんなじ声でマユちゃんのことを呼ぶけど……ぜったいに、返事しちゃダメだよ……?


 見つかったら、食べられちゃうからね。


 これから帰ってくるママは、わるーい魔女だから――



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

かくれんぼ 人生 @hitoiki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ