魔王襲来

こめぴ

第1話

 自分の部屋は聖域だ。


 常々、私はそう思う。


 ちょっといい椅子の上で足を組みながら、鼻歌まじりにキーボードを叩く。モニタの中では、私の分身が杖を片手にファンタジー世界を駆け回っていた。


 私だけの空間、私だけの時間。つまり私が神様。だから私が何したっていいんだ。別に、平日の昼間からゲームしてたって。

 その時、ピコンと、右上に通知。オフライン表示ばかりのフレンド欄を見て、嫌な気分になる。


『よーっす。やっぱあんたくらいだよねー、昼の四時とかからインしてるの』


 チャット上でフレンドがそんなことを言って、ついため息を漏らした。


『やめてよ、考えないようにしてたのに』

『あれ? なんかあるの、この時間』

『うん。だいたいこの時間に来るの』

『何が?』


 返答を打ち込もうとして、ふとキーボードを打つ手が止まった。あいつ・・・はなんなんだろう。なんていうのが一番しっくり来るかな。キーボードとマウスから手を離して腕を組み、うーんうーんと考えた。


 夕方、これくらいの時間になるとやってくるあいつ。私の聖域に無断で足を踏み入れるあいつ。私の聖なるおうち時間を削りとろうとしてくるあいつ。


「おっ」


 あった、あった、ちょうどいいワード。思った以上にしっくりきて、キーを打つ手が軽くなる。


 カタカタと打ち込んで、エンターを押して送信――しようとした時だった。


「おい、今日も来たぞ、由奈ゆな


 扉を開けて入ってきたのは、一人の男の子。私はそいつをジト目で睨みつけながら、口にした。


「来たな――魔王め」


 祐介ゆうすけはそんな私に馬鹿を見るような目を向けていた。


「誰が魔王だ誰が」

「私を聖域から連れ出そうとする魔王め!」

「こんな汚い聖域があってたまるか」


 祐介はため息をつきながら、散乱した漫画やお菓子のゴミを片付け始める。

 別に汚くないし。これが一番落ち着くんだし。この雑多な感じがいいんだし。そう言っても祐介はいっつもハイハイって相手にしないから言わないけど。


「外になんて出ないからね」

「引きこもってばっかじゃダメだろ。ほら、楽しいこともたくさんあるだろうし」

「ぼっちの祐介に外で楽しいことなんてあるの?」

「お前言ってはならないことを言ったな……?」


 おーっと、地雷踏んじゃったかな。

 逃げるようにモニタに向き直る。フレと話してる途中だったと思ったら、『ごめん急用が入ったから落ちるね』の文字が。


 ポンと肩に手が置かれる。


 どうやら私は魔王から逃げられないらしい。


「いや! 絶対出でない!」


 椅子から立ち上がり、そのままベッドにダイブ。ボフッと心地いい間食に、体の力が抜けていく。

 布団気持ちいいぃ……。絶対外には出ない。確か今は夏真っ只中だったはず。そんな時に引きこもりの私が外に出たらあれだ、あれ、きっと溶ける。

 仮にも祐介は保育園の時からの付き合いのある幼馴染。そんな私が溶けてしまっては哀しかろう。


「つまり、私が外に出ないのは祐介のためなんだよ」

「馬鹿なこと言ってないで行くぞ」

「いやぁぁぁぁあ!!」


 叫ぶ私の首根っこを掴んだまま、祐介は私を部屋から引きずり出した。

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