会えない春に、出逢い奏でるGirl meets GirlS!!

市亀

Happy Spring, Mrs. & Mrs. Shiny Song!

 都会の優秀な女子大に行く。それが高校時代の奏子かなこの最大の目標であり、救いだった。

 不便なド田舎も、口うるさいオジサンオバサン社会も、威張り散らす父親も、粗暴な男子どもも。都会の優秀な女子大に行けば、全部おさらばだ。華やかな都会で、聡明な女の子たちと一緒に、よく学びよく遊び自立する――というビジョンがあるからこそ、窮屈な灰色の高校生活も耐えしのげた。


 成績も順調に上がった、第一志望の大学に受かった、自分にできることは全部やった、なのに。


 奏子がやってきたのは、ド田舎よりもよほど窮屈な、コロナ禍まっただ中の東京だった。夢見たキャンパスライフどころか、まともに大学にも行けない、息詰まるよう春だった。


 これは、そんな奏子の心を救ってくれたお姉さんたちの話だ。


 *


 2020年の4月、緊急事態宣言が発出された頃。

 慣れない孤独な生活の中、人とのコミュニケーションが欲しいと、慣れないSNSをあれこれ動かすのにも疲れてきた夜。


 このままでは気分が沈んでいくばかりだと、好きな曲の「歌ってみた」をザッピングしていると、気になる文字を見つける。

【I LOVE…/ビアンカップル×アカペラ×多重録音で歌ってみた】とある、ビアンという表現を選んでいることに不思議と惹かれた。奏子自身、同性が好きだという自信はないが、男子を好きになってこなかったのは確かだったこともあり、少しだけ親近感もあったのだ。それを抜いても、女声のコーラスは大好物だ。伴奏者として合唱部に関われたことは、数少ない青春らしい思い出だった。


 映像は、どこかのスタジオにてアクリル板を挟んだ二人がマイクスタンドに向かうというシンプルな構図。黒のレザージャケットこそお揃いだが、髪やスカートは水色と赤、ボディラインもスレンダーとグラマー……という風に、コントラストが印象的な二人だ。


 とはいえ、外見に関する感想なんて、歌が始まった瞬間に吹き飛んでしまった。

 ただただ上手い、綺麗。音程だけじゃない、抑揚や発音まで美しい。名だたるプロのボーカルグループに恥じないレベルで、10パートを越えるだろう分厚いコーラスが展開される。全て二人での多重録音らしく、低音やパーカッションはないようだったが、原曲のイントロでのシンセやブラスの重なりの再現として圧倒的に見事だ。


 ハミングでの伴奏も、交互に歌われるリードメロディも素晴らしかったが。歌詞をハモるときの相性、表情や身振りまで、技術だけでなく魂で通じ合っているかのような響き方には、心が喜びっぱなしだった。


 改めてチャンネルの説明を見ると。Mrs. & Mrs. Shiny Song(ミセミセ)というユニット名で、二人はHinamiとUtanoというらしい。他にも多数の歌唱動画が上がっていたが、それ以上に中身が気になったのでTwitterに飛んでみると。ちょうどツイキャスでの配信が行われているらしい。使い方も最近覚えたばかりのアプリだったが、見逃せずに入ってみる。


 音声のみの配信。聞えてきたのは高めの女性の声、さっきの水色の人……Utanoさん、だろうか。何やら映画の話をしているらしい。

「……もちろん、男女だとか、親かどうかとか、色んな違いはあるけれど。同性愛を中心に、夫婦や子供っていうテーマまで丁寧に向き合ってくれたの、ほんとに嬉しかったの私は。特にラストシーン、世界で一番美しい人間の景色ってくらいです」

 相槌を打つ、やや低く強めな声。こっちがHinamiさん。

「ウタ、観終わったときめっちゃ泣いてたもんね。私はフィンクションで泣いたりとかほとんどないけど、それでも沁みたもん」

「後、この枠でもおなじみのツムちゃんのレビュー記事も最高だったので。また映画館に行けるようになったら、それか配信でも。いずれにせよ、今を生きる皆さん、特に私たちを応援してくださっているような皆さんには是非ともチェックしていただきたい映画です、【his】を覚えておいてくださいね」

「ウタがオススメなのでみんな観てくださいね~……さて、そろそろこの枠も閉じましょうかね。では最後に、最近のミセミセの活動報告のリマインドです」


 慌ててコメント欄を開き、つたないと分かりつつも感想を組み立てる。

「はじめまして、終わり際にごめんなさい! ヒゲダンのアカペラ、物凄く感動しました。大学生活が不安でいっぱいでしたが元気もらえました、ありがとうございます!」


 送信して数秒後、Hinamiさんが気づいてくれた。

「それでは皆さん、引き続き……お、はじめましての方ですね。カナデさん、かな? 嬉しい感想ありがとうございます!」

「大学生活が不安で……ああ、今年が新入生の方かな。すごく不安ですよね。私たちもこの間まで大学生だったので、学生……特に女の子は、ほんとに後輩みたいに思ってます。相談でも雑談でも、メッセージもらえたらできる範囲でお力添えするので、良かったら声かけてみてくださいね」


 拾ってもらっただけじゃなく、がっつり親身になってくれた。多分、というか絶対、人柄も良い人たちだ。

 せっかくのお誘いだし、つながれる人がいなくて困っていたのは本当である。お言葉に甘えて、たまっていた悩みを相談してみよう。



 そうして何回かDMでやり取りをした後の夜のこと。奏子はZoomの画面越しに、ミセミセの二人と対面することになった。ファンとして声をかけてから、随分と急展開である。


「――もしもし、かなでちゃん?」

「はい! ……けど、その」

 

 ソプラノの声も、細い輪郭もUtanoさんのものだったが。

「普通の人で拍子抜けした?」

「はい。すっかり、赤と水色の人ってイメージで」


 2次元から出てきたようなビビッドな出で立ちとは打って変わって。高校生に混じっても違和感のなさそうな、黒髪の幼げな顔立ちだった。動画での姿は外向き用なんだとは分かっていたが、それにしても落差がすごい。


「あの髪はウィッグでね。普段の私はクローゼット……ビアンだってこと、仲良い人にしか明かしてないからさ。Utanoとはできるだけ切り離しておきたいんだ」

「じゃあ、私なんかにオフの姿を見せちゃっていいんですか?」

「誰にもは見せないよ。奏ちゃんみたいな困ってる女の子には、こっちの私で向き合いたいなって……この活動やってるのも、昔の私たちみたいな子の味方になりたいって気持ちがきっかけだったし。あ、ヒナもこっち来る?」


 Utanoさんの隣に現われたHinamiさんも、赤が強烈なビジュアルではない、茶髪のお姉さんだった。胸元の開いたネグリジェという、男性の幻想としか思っていなかったコーデをキメていたのには面食らったが。恋人と一緒にいる自分を可愛く演出することを、当たり前に続けているのだろう。


「それじゃ、改めて。ミセミセのHinami、本名は月野つきの陽向ひなたと」

「Utanoこと、ひいらぎ詩葉うたはです。宜しくね、奏ちゃん」

 本名で、ということは。歌い手とファンとしてでなく、友人として向き合ってくれるということだろう。これまでのDMのやり取りで、信頼できる人間かの判断もされていたらしい。なら、私も正直に。

「はいっ……ネットでは奏って名乗ってます、常磐ときわ奏子です」


 *


 それから、ミセミセでの表の活動を応援しつつ、オフモードの二人とも交流するようになったのだが。見れば見るほど、凄い人たちだった。


 出会ったきっかけは高校の合唱部で、大学進学後に同棲しつつ歌い手として、ときに同性カップルとして様々な発信を続けている。


 陽向は難関大を出てから外資系の金融メーカーに勤めるという、バリバリのエリートだった。英語も堪能で海外事情にも詳しく、専攻の近い奏子にとっては頼れる先生でもあった。

 詩葉は大学院で社会学を専攻しており、現代のマイノリティが直面する問題に詳しい。奏子が地元で抱えていた社会に対するモヤモヤを、専門的な視点で整理してくれたことには、幾度となく心が救われた。どんな立場の人のことも悪と決めつけずに心を寄せる姿勢にも、たまに覗く子供のようなはしゃぎ顔も、綺麗な――たまに危うく思えるくらい綺麗な心の表れだ。

 そして、とにかく仲が良い。交わされる会話も、何気ない触れ合いも、見ていて心が洗われるような、心地よい甘さでいっぱいだった。一方的に夫が威張るばかりの夫婦の下で育った奏子にとって、人と人との愛を確かめさせてくれるような二人だった。

 歌を聴くのも、画面越しにお喋りするのも、学業やバイトのご褒美には十二分だった、のだが。


 一番の財産はそれだけではなく。


 *


 2021年の3月。奏子は、来年度から後輩になる新入生を陽向と詩葉へと紹介していた。


「ということで、おふたりも面倒みてあげてくださいな」

「はい、是非お願いします! にしても、お二人ともすっごく歌上手ですよね……後、奏子先輩のピアノも!」

「や~、ありがたいけど照れる……推しとあんまり並びたくないの……」


 唯一の特技であったピアノで、ミセミセの演奏に参加することになったのだ。大学のジャズサークルが思うように活動できていないぶん、自分らしい音楽を披露する大事な場だった――自分のピアノがこんなに好きになれるなんて、知らなかった。家にこもったまま、こんなにも世界は広がり続けている。


「やっぱり嬉しいな、カナちゃんがこうやって先輩になったの」

 少し涙を潤ませながら語る詩葉に、奏子は吹き出してしまう。

「お母さんですか詩葉さんは……けど、おふたりのおかげですからね。この一年がこんなに楽しかったの」


 自分は陽向と会えたから。今度は居場所のない誰かのために――お節介とも取られかねない詩葉の行動を支えるのは、そんな信念だ。


 だから今度は奏子の番、そう宣言するべく後輩へ伝える。

「詩葉さんと陽向さんのそばにいると、自分のこと好きになれるんだよ。どんな場所でも、時代でも。

 だから君も大丈夫。私たちで、明るい春にしようね!」


 

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