その10

『ま、あんた、チクるつもりじゃねぇだろうな?』

 キツネ目の態度が、少しばかりオタついてきた。

『心配するな、俺だってそこまでくどくはないさ。それに表向き、あんたらの業界とは関りを持っちゃいかんということになってる。しかしそれもあくまで”表向き”だぜ。この意味、解るだろ?』

 キツネ目はごくりと唾を飲み込み、後の二人、弟分に、

”おい、起きろ”と声を掛ける。

 二人がのろのろと起き上がると、

『今日のところはこれで帰ってやる。だが、近いうちに必ずまた来るぜ』

 と、まあ安物のテレビドラマや映画ではお馴染みの捨て台詞を吐き、そのまま去っていった。

『あ、あの・・・・』地味女が俺に声を掛ける。

 俺は何も答えず、コートのポケットに手を突っ込み、あの”箱”を取り出すと、

『幸運をもたらす箱だそうだ。あんたにやるよ』とだけ告げ、彼女に手渡した。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

『そうか・・・・結局誰も受け取らなかったか・・・・』老人はソファに背をもたせ、首を天井に向けると、大きくため息を吐いた。

『喜んでよいやら、悲しんで良いやら分からんが、しかしこうなることは大方予想がついておったよ』

 それから身体を元に戻すと、葉巻に火を点け、紫色の煙を吐いた。

 今日は朝からいささか天気が悪い。

 ガラス張りの窓の外から見渡せる千葉の海は、大きくうねっていて、波の音がここまで聞こえてくるようだった。

『それで、あの”箱”はどうしたね?』

『ご依頼通りにしました』

 本田氏は不思議そうな顔を俺に向ける。

『処分したんですよ。私のやり方でね』

 なるほど、彼は大きく頷くと、ジャケットの内ポケットから、また手品師のような手つきで小切手を一枚取り出し、卓子テーブルの上に置く。

 6の後ろに0が五ケタ、几帳面な数字で書き込まれていた。

『これは受け取れません。私は結果的に依頼に失敗したようなもんですからね。謂れのない金は・・・・』

『いや、受取って欲しい。儂にはもう金など殆ど何の意味も成さない。墓場まで札束を抱いて行くわけにはゆかんからね』

 彼は喫いさしの葉巻をガラスの灰皿に置き、再びため息をついた。

『すまん、少し疲れた。寝るよ』

 俺はソファから立ち上がり、そのまま部屋を出た。

 紫色の煙と、バニラの香りが俺の鼻をくすぐった。


 これで終わりだ。

 つまらなかったろ?

”箱の行方はどうなったか”だって?

 どうでもいいじゃないか。

 ん、まあいい、教えてやるよ。

 あの箱を受取った地味女は、その後どうしたものか、大金持ちになっていた。

 正確には、彼女が、というより、彼女と事実上の恋人同士だった、あのパソコン一筋の国本社長と、彼の経営する会社は、ますます業績を上げ、よからぬ筋から借りていた借金も綺麗に返し、本社に負けないほどの自社ビルを建て、来年には海外にも支店を幾つも持つほど、グループ企業一の成果を上げたとさ。

 俺は俺で、急に懐があったかくなったんで、それから三日間、何もせずにバーボンを四本空にし、何度も風呂に入って、

”酒とバラの日々”を決め込んでいる。

 さあ、もう何も答えないぞ。

 これからあと一本空にする予定なんだからな。

                                  終わり

*)この物語はフィクションです。登場人物その他全ては、作者の想像の産物であります。

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幸運を運ぶ箱 冷門 風之助  @yamato2673nippon

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