その9
『用件はそれだけですか?』
国本進は面倒臭そうにそれだけ答え、
『済んだならお引き取り下さい。こっちは忙しいんでね』
彼はまたパソコンのモニターに向き直って、キーボードをいじり始めた。
『いや、正確にはまだ済んではいません。貴方の返事を聞かせて貰わなければ帰れません。こっちもガキの使いじゃない。一応金を貰ってるんだ』
彼の態度に、些か中っ腹になりながら答えた。
『何が、どうしたって?』
『あんたが例の”箱”を受取りたいかどうかをまだ聞いていない』
『いらない』
パソコンのモニターに釘付けになったまま、奴はまた素っ気なく答える。
『僕にはそんなもの、全く興味はありません。あの人(彼は本田功氏をこう呼ぶ)にはそう伝えておいてください。』
じゃ、本当に忙しいんで、
それだけ言うと、後はもう完全に黙り、自分と二次元の中の世界だけに、はまり込んでしまっているようだった。
俺は肩をすくめ、廊下に出る。
手帳を取り出し、例のリストを記してあった頁を開け、国本進の名前に赤いボールペンで✖を付けた。
本田氏が候補に挙げていた全員が、あの箱についてある程度は知っていたものの、いずれもその所有者に相応しいとは思えない人間か、或いは自ら、
”そんなものはいらない”と辞退(いや、拒否というべきか)”のどちらかになってしまった。
では、”箱”の行方をどうすれば・・・・本田氏は”貴方に任せる”と俺に言ったが、だからといって、この俺が自分のも野にするわけにも行かない。
そもそも、あんなものを俺が貰ったところで、何の役にも立ちはしないのだ。
出世欲もないし、金銭欲に関しても、全くないとは言い切れんが、せいぜい喰うに困らない銭が懐にあればいいからな。
散々迷いながら、俺は階段を下った。
すると五階にある事務所の前が騒がしい。
数人の男が、中にいると思われる、あの地味女と何やら押し問答をしている。
男は丁度四人、一見して”その筋”と思われる身なりと目つきをしている連中だ。
先頭にいる、兄貴分と思われる男が、何やら手に紙きれを持って、女に詰め寄っている。
恐らく借金か何かの取り立てに、金融業者が怖い連中を雇ったんだろう。
『どうかしましたか?』
俺が声をかけると、四人分の目玉が、一斉にこちらへ集まった。
一番奥にいた不愛想な地味女は、何かに
『あんた、何もんだね?』
紙切れを持った背の高い、狐みたいに目の吊り上がった男が、低い声で俺に問うた。
『別に』
俺はそう答え、懐から今日でもう何回目かわすれたが、
『なんだ。探偵か』
派手なアロハみたいな背の低い小太りの男が、完全にこっちを舐め切ったような調子でいい、コンクリートの床に唾を吐く。
『ここの社長さんに金を貸しててな。今日がその期限なんだよ。全部で一千万円、
耳を揃えて返して貰わねぇとよ』
別の一人、黒の革製のボマージャケットを着た中背が、甲高い声で唇を歪めながら、わざと語尾を巻き舌にして俺を睨みつけた。
『そういう訳なんだ。悪いがあんたには関係ねぇことだ。引っ込んでおいて貰おうか』
紙切れ・・・・つまりは借用書だ・・・・を持った男、さっきのキツネ目の兄貴分が凄む。
『そういう訳には行かんといったら、どうするね?』
キツネ目が顎をしゃくる。
まってましたとばかりに、アロハとボマージャケットが俺に詰め寄って来た。
こんなところでやり合うのは御免だが、かといって乗りかかった船だ。
数分後、俺は腰から引き抜いた特殊警棒で二人を叩きのめしていた。
俺はキツネ目が着ていた襟を見る。
丁度いい、
そこには俺の尊敬するあの”親分”が創設したところの下部組織のバッジが光っていた。
『あんた、〇〇組だね?』
『そ、それがどうした?』キツネ目が目の前で繰り広げられた荒事が信じられないと言ったように声を上ずらせた。
『俺達探偵には色んな所にコネがあるんだよ。あんたの組の、そのまた上の偉いさんにも
俺がそう言ってシナモンスティックを咥えると、キツネ目の喉が鳴る音がこっちの耳まで届いた。
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