ホワイトデーにフォアグラ料理を

kanegon

ホワイトデーにフォアグラ料理を

【起】


 高校に入学した僕は、古典研究同好会、という何をするのかよく分からない部活に所属することにした。ヘンな部活に入ったら美少女部員がいて、なんやかんやと賑やかで楽しい青春学園生活を送ることができるのではないか、と淡い期待を抱いていたからだ。安直にアニメの影響を受けていることは否定できない。


 古典研究同好会の部員の一人に、黄檗寺沙百合という二年生の先輩がいた。

 すごい名字だ。全然読めない漢字だけど「おうばくじ」というらしい。仏教の宗派の一つに黄檗宗というのがあるらしい。京都には黄檗という地名もあるという。

 その黄檗寺先輩、何かと僕のことを気にかけてくれて、面倒を見てくれた。入部の手続きも先輩がやってくれた。先輩は僕のことを弟のようなものとして可愛がってくれているようだ。

 チビの僕とは対照的に黄檗寺先輩はバレーボール選手かと思えるくらい背が高い。それでいてとても美人で家はお金持ちらしく、胸の大きさは制服のボタンが弾け飛びそうなほどだ。

 これは、期待していたバラ色の学園生活が待っているんじゃないのか。


 しかし、四月の中旬には政府から緊急事態宣言が出された。なんでも、中東だかアフリカだかで突然変異のウイルスが発生して世界規模で猛威をふるっているらしい。外出は自粛を求められた。学校は入学早々にリモート授業になってしまった。

 授業は対面でもリモートでもどちらでも良い。必要なことを学ぶことさえできれば、それでいい。だけど、学園生活に期待している青春要素は、対面でなければ全然バラ色にならないじゃないか。


「翔太郎くんに会えないなんて寂しいなあ。最近読んだ青春小説は物足りなかったし」


 先輩とも会えない。スマホで電話だ。


「でも、こうなっちゃった以上は、おうち時間を楽しみましょうよ翔太郎くん。それこそが古典研究同好会らしさでしょう」


「最近の青春小説がダメだから、古典の源氏物語を原文で読んだりするんですか」


「まさか。そんなの、古典研究同好会らしくないじゃない。私たちがおうちで研究するべきは、料理よ」


 古典研究要素が料理のどこにあるのかは分からないが、ヘンな部活のその部分に突っ込んではいけない。


「私、今度のバレンタインデーまでに究極の手作りチョコレートを作って翔太郎くんにプレゼントしてあげる。その代わりホワイトデーには、君のフォアグラ料理を食べたいんだ、私」


 今、四月中旬ですよ。それなのに次のバレンタインデーとかホワイトデーの話ですか。


「それくらいの頃にはワクチンが開発されておうち引きこもりが解除になると思うから」


 どのみち、緊急事態宣言でおうちに引きこもって自粛が必要なのだ。仕方ない。


【承】


 ということで、僕はおうち時間を使ってフォアグラ料理の練習をすることになった。自分だってほどんと食べた記憶の無い高級品を使って料理する。そんな無謀な話だ。


 なぜフォアグラなのか、と疑問には思う。お金持ちのお嬢様である黄檗寺先輩なら、フォアグラくらいは珍しくもないだろうし食べようと思えばいくらでも食べることができるはずだ。そこまで大好物ということなのか。


 来年のホワイトデーまでに料理ができるようになればいいのだから、まだまだ時間はある。だけど僕は料理経験が全く無い。今のうちに少しずつでも慣れていかなければならないだろう。僕がキッチンに立とうとすると、母と妹に、料理は無理、と決めつけられて笑われてしまった。


 まずは、材料のフォアグラを準備する必要がある。と、一歩目から躓くことになってしまった。外出自粛なので、どこにフォアグラを売っているのか、探して買いに行くこともできない。そうなると、現代文明の利器、アマゾネスという女戦士の名前がついた大手ネット通販サイトを通じてフォアグラを取り寄せることにした。


 そしてすぐに二歩目も躓くことになる。フォアグラは、キャビア、トリュフと並んで世界三大珍味と言われるだけあって、値段が高い。高校一年生の僕のお小遣いで買うには限界があった。アルバイトをしようにも、緊急事態宣言が出ているので働きに出ることもできない。


 値段の安いフォアグラは無いものか。そう思いながらネット検索していたら、ちょうど良い代替案というか文字通り苦肉の策が出てきた。

 ヴィーガン用の代替フォアグラ、というのがあるらしい。大豆を加工した肉で作っているので、値段も本物のフォアグラよりも遥かに良心的だ。


 早速取り寄せて食べてみた。本物のフォアグラと比較すると、明らかに肉が固くて食感も違う。味にしても、本物よりはもう一つ物足りない。どうせ代替だし、現在の技術力ではこんなところが精一杯なのだろう。


 更に調べてみると、ヴィーガン用の代替キャビア、代替トリュフ、というのも存在するらしい。キャビアはともかく、トリュフってキノコじゃなかったっけ。菜食主義者の考えることが僕には遠すぎて理解できない。


 ところで黄檗寺先輩はどうしているだろうか。ずっとおうち時間として引きこもっている間、手作りチョコレートの研究をしているのだろうか。

 余計な心配かもしれないけど、試作品のチョコレートの食べ過ぎで太ったりしないか心配だ。チョコレートというと、どうしてもカロリーが豊富で太りやすいというイメージを持ってしまう。


【転】


 ワクチンは開発されたけど、まだ接種が進まないうちに2月14日が来てしまった。

 その日、黒塗りの高級車に乗って黄檗寺先輩は僕の家までやって来た。当然、お抱え運転手付きである。緊急事態宣言は継続中だが、無視しちゃっている。


「実はね、君に告白しなくちゃいけないことがあるんだけど」


 家に来た黄檗寺先輩は、妹が出した安いお茶は全く飲もうとせずに、語り始めた。


「究極の手作りチョコレートってどんなものだろう、と考えた時、やはりカカオ豆から手作りするべきだろうと思ったの。だからアフリカからカカオの木を大量に取り寄せて、庭の温室で育て始めたの。カカオの木の面倒を見る労働者も、アフリカからスカウトしてきたの。最初の頃はまあ順調だった。でもね、近所の誰かが警察に通報したらしいの。黄檗寺宅の庭で怪しい植物を育成しているらしい、って。大麻でも育てていると勘違いされたってこと」


 まあ確かに、日本の庭でアフリカ人を使ってカカオの木を育てていたら、怪しいに決まっている。


「それと、アフリカからスカウトしてきた労働者、どうやら違法入国だったみたいなの」


 そりゃそうだろう。突然変異のウイルスが発生したということで、アフリカの国とは行き来できないはずだ。それなのにアフリカから労働者が来たということは違法ルートしか無い。


「そういうわけで、カカオの木を育てることは端的に言って失敗してしまいました。究極のチョコレートを食べさせてあげようと思っていたのに、申し訳ないです」


 大きな声では言えないが、こちらとしては、そんなに期待していたわけじゃないので、そこまで謝ってもらわなくてもいい。


「代替品みたいな感じになっちゃうけど、業務用のチョコレートを湯煎で溶かして型に入れて固めたチョコレートをたくさん作ってきたから、これを今ここで私の見ている前で食べて」


 そう言って先輩が鞄から取り出したのは、見るだけで胸焼けしそうなほどの大量のチョコレートだった。もちろん、こんな量を一人で食べるのは厳しいので、妹にでも食べさせようか。


「妹さんには市販品のトリュフチョコレートをプレゼントとしてお渡ししておいたから。それとお母様には、おみやげとしてキャビアをお渡ししておいたから」


 用意周到だ。これで僕は、先輩が見ている前で、大量のチョコレートを完食しなければならなくなってしまった。


【結】


 ついに決戦のホワイトデーがやってきた。僕が先輩の自宅へおじゃまして料理を振る舞うということになっている。先輩が例の黒塗りの高級車に乗って僕の家まで迎えに来てくれた。僕はこの日のために用意した食材を持って恐る恐る黒塗りの高級車に乗り込んだ。


 先輩の家は、門をくぐってから家までの距離も長かった。広い敷地の途中、全面ガラス張りのドーム型の温室があった。黒塗りの高級車に乗ったまま通過したので一瞬しか様子を窺えなかった。


 家、というよりは屋敷の本館に着いてから、僕は地下室に案内された。キッチンが地下にあるのかな、と最初は思ったが、通されたのは妙に殺風景な部屋だった。


「翔太郎くん、私ね、青春小説の『君の肝臓を食べたい』が、どうしても気に入らないの」


 大ヒットして映画にもなった作品だ。僕も映画を観た。でも何故、急にその話題を。


「青春モノとしては面白かったけど、結局肝臓を食べなかったじゃない。最後のどんでん返しでそういうホラー展開を期待していたのに」


 そういうニッチな期待をする人は少数だろう。だけど先輩が、最近の青春小説が不満、と言っていた理由がここにきてようやく分かった。


「だからね、私自身がその不満点を補完したいと思ったの。だから『君のフォアグラ料理を食べたい』って言ったでしょう」


 そう言った先輩は、どこからともなくドスのような物を取り出した。明らかに銃刀法違反だけど、温室のカカオやアフリカ人労働者はともかく、こちらは取り締まられなかったのだろうか。


「えっ、それって『君の作ったフォアグラ料理を食べたい』ってことですよね」


「いいえ。『君のフォアグラで作った料理を食べたい』よ。今日のために、君にチョコレートをたくさん食べさせて肝臓を太らせてフォアグラ化させたんだから」


 ドスを持った先輩の構えは、まるで女戦士アマゾネスのように様になっていた。僕よりも先輩の方が身長も遥かに高く、更に武器を持っているとなると、戦っても勝ち目は無い。


 僕の悲鳴が地下室に響いた。だがそれは地上には届いていなかっただろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ホワイトデーにフォアグラ料理を kanegon @1234aiueo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ