24時間後に異世界召喚される、おうち時間ワーカー期間中の彼

バルバルさん

そんなタカヤスが異世界召喚されるまで、あと……

「おいタカヤス。お前、おうち時間ワーカーに選ばれたから。頑張れよー」


 そう俺に言ってきたのは、良い笑顔をした会社の上司だった。

 その言葉を受け、俺はげんなりした表情を作る。ああ、選ばれてしまったか……。

 20XX年。疫病等の拡大時に対する政府の予防策として、「おうち時間ワーカー」という制度が出来上がった。

 これは、万一疫病等の拡大で家での仕事が中心になった場合、何が起こるかという社会実験のようなもので、この期間中は家から一歩も出てはいけない。家の中で生活をし、仕事から食事など、全て家の中で完結させなければならない。

 無論、いきなり始まるわけではなく、3日の猶予はあるが……すでに嫌だ。

 家の広い人ならいいかもしれないが、俺は狭いアパート暮らし。狭い部屋にこの期間中缶詰なんてまっぴらごめんである。

 あーあ。誰か変わってくれないかな。なんて思いながら、その日は終わった。


 そんなタカヤスが異世界召喚されるまで、あと4日。


 時間が経つのは早いもので、準部のための期間は過ぎ、今は午前0時だがこの瞬間から家に缶詰めである。

 ため息を吐き、布団に横になる。これから1週間。部屋から出ることはできない。

 全く、誰がこんな制度を考えやがったんだ。その政治家には次の選挙で負けていただきたい。

 瞼を閉じ、明日からの憂鬱な1週間を想い、ため息を吐いた。


 そんなタカヤスが異世界召喚されるまで、あと24時間。


 目覚ましが鳴り、目を覚ます。買い込んでおいた日持ちのするパンをトースターに放り込み、パソコンを立ち上げる。これから仕事だ。

 おうち時間というのは、自室を自室でなくしてしまう。ここはこの瞬間は自室ではなく、職場だ。

 カタカタとパソコンのキーを打ち、昨日残してしまった仕事の残りをちゃちゃっと片付ける。

 それが済んだら、あの笑顔が素敵な。たまにぶん殴りたくなる上司とテレビ電話を行う。

 職場には行けないのだ。さぼっていないか、きちんと起きているか。不定期でチェックが入る。

 学校じゃないんだからとため息を吐き、焼いたパンにジャムを塗りたくって食べる。おそらく、一週間同じ朝食だろう。そう思うともう一回ため息が出る。


 そんなタカヤスが異世界召喚されるまで、あと17時間。


 昼ごはんのカップ麺を啜りながら、そのチープで慣れ親しんだ味を楽しみつつ、部屋で仕事の昼休み。全く、自室は休む場だろうに、なぜ仕事をしなければならないのか。

 まさか、この国全土が疫病で壊滅するなんて、SF作品じゃあるまいし、起こるわけがない。

 なのに、こんな制度を考えた政治家は頭がおかしいに違いない。税金の無駄遣いだ。

 まあ、このインターネットの情報社会だ。ネットさえつながれば、どこでだって仕事はできるし、娯楽も楽しめる。

 とはいえ、実際に行かなければ楽しめないこともあるし、顔を現実世界で合わせて話したいと思うのが人の心ではないか。

 あーあ、早く自由の身になりたいな。そんな未来への暗い気持ちばかりが浮かぶ。

 まだ一日目だというのに。全く……


 そんなタカヤスが異世界召喚されるまで、あと12時間。


 夕暮れ時。部屋が暗くなってきたので電気をつけ、冷凍食品をレンジで解凍しながら考える。

 あと一週間、こんな生活が続く。嫌な気持ちは変わらないが、嫌々言っていても変わらない。

 なら、今この状態を楽しむ方法を考えようではないか。

 例えば、あの上司に隠れて、何とか他事はできまいか。

 定時連絡のほかに、不定期な監視はあるが、それさえかいくぐれば問題はないのかもしれない。

 別に、悪いことをするわけではない。ただ、自室なのだ。少々さぼって何が悪い。

 そう思いながら、解凍されたパスタをフォークで巻き上げ、口に運ぶ。今日はカルボナーラを選んでみた。クリーミーで美味しい。


 そんなタカヤスが異世界召喚されるまで、あと6時間。


 時間が経つのは早いもので、一日目が終わる。仕事の時間が終われば、定時連絡さえすれば、自室なので自由だ。

 服を脱いで、ラフな格好でベッドに横たわる。あーつかれた。自室なのにつかれるとはいったい何事だよ。

 暇つぶしのために買ったゲームをやりながら、少し考える。

 この期間が終わったら、もしかしたら、おうち時間が身に染みてしまって、外での活動に支障が出るかもしれない。

 しかも、体がなまってしまう。しっかりと運動しなければ。

 部屋の中でどんな運動ができるだろうか。ネットサーフィンして調べてみよう。

 そう考えると、このおうち時間は、縛りプレイのようなものかもしれない。

 人生というゲームの、縛りプレイ期間。

 まあ、そう思っていないとやってられないというのもあるが、一日目の「おうち時間ワーカー」の報告書を書き、俺はベッドに横になる。


 そんなタカヤスが異世界召喚されるまで、あと10秒。

 9秒。

 8秒。

 7秒。

 6秒。

 5秒。

 4秒。

 3秒。

 2秒。


 タカヤスが異世界召喚されるまで、あと……。

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