「小暑の風」
「あら、
後ろから話しかけてきたのは看護師だった。
綾斗はスケッチブックを見せた。
「朝顔だね!すごく上手だね」
看護師は満面の笑みで褒める。綾斗は手元に戻して朝顔の絵を描いた。
ここは病院の屋上庭園。
人工芝生、植木の花や色彩の花壇の花がある。
お見舞いで着た人や患者さんの憩いの場となっている。
梅雨明けての7月の空は、目が痛くなるほど強い日差しが照る。帽子が被っていても、額から流れる汗が首筋まで流れる。
「綾斗君は、どんな花が好きなの?」
「・・・・」
「私はね。百合が好きだね。とてもきれいで、この前花屋さんの前で百合を見つけて
買って部屋に飾ったんだ。」
「・・・・・」
「綾斗くーん」
綾斗の耳に看護師の声が届いていない。
いや、聞いていない。綾斗はずっと、鉢の紫の朝顔を見て、スケッチブックに模写している。瞬きを忘れるほどのすごい集中力。
朝顔の花びらの模様。茎と茎の模様の細部まで、真剣に描いている。
看護師は邪魔しちゃいけないと
「熱中症にならないように気を付けてね。」
そう言い残して、付き添いで着ていた患者のところに戻った。
綾斗は気に留めず筆を走らせる。
朝顔の線画は完成。後は膝の上にある紫色の鉛筆で塗るだけ。
あと少しで完成。
そう思っていた時、突風が吹いた。
あまりの強さに帽子が空に飛んで行った。
「ぼ、帽子が!!!」
飛んでいく帽子を追いかけようと車いすのタイヤを回す。
帽子から目を離さず。
息が切れる。腕が痛い。
帽子がフェンスを越え手の届かないところに行ってしまった。
タイヤを止めて帽子を見届ける。
綾斗は息を大きく弾ませ、大量の汗が滝のように流れる。
飛んでしまった・・・
どうしよう・・・
綾斗の心に喪失感と焦燥感に駆られた。
たかが帽子。けれど、綾斗にとって大切な帽子だった。
どこに行ってしまったかわからなくなった物を探す気力がもう残れさていない。
諦めてスケッチブックと色鉛筆を持って病室に戻ろうとした時
「おーーい!!!これお前のか?」
どこからか声が聞こえる。大きな声で綾斗は顔を上げてあたりを見渡した。
しかし、声の主がいない。それどころか屋上にいるのは綾斗だけだった。
「そこの君!君だよ!」
君というのは僕のことだろうか
聞こえてきたのは、空からだった。若い男性の声だ。
上を見上げると、さっき飛んで行った帽子とそれを持っている、人だった。
人が空を飛んでいる。
綾斗は思わず、自分に指を指した。それに気づいた彼は
「そうそう、きみだよ。これ君の帽子でしょ」
少しずつ綾斗に近づく。ようやく体の容態がわかった。
見た目は16,7歳くらい。
服装は着物の下にシャツに袴。明治・大正時代のような格好をしている。
白い彼岸花 アニアン @anian
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。白い彼岸花の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます