国民〈在宅〉化計画
隠井 迅
第1話 VR or AR、それが問題だ
パンデミックの感染者数が、年末から年始にかけて増加の一途をたどった事態を受けて、国から二度目の緊急事態宣言が発令された。
当局は、飲食店の営業時間を制限したり、幾つかの対策を講じたものの、思い描いていたような減少曲線が描かれず、首脳陣は頭を抱えていた。
理由は明白だ。
最初の宣言時に比べると、国民の緊張感は、かなりユルユルになっていたからだ。半強制的な<自粛>を促された夜間外出を除くと、マスクをして、ソーシャル・ディスタンスを保ってさえいれば大丈夫とばかりに、日中や休日を普通に送っている人が数多くいた。
感染者の数をこれ以上増やさないためには、できるだけ、他人との<接近>を控えさせればよい。
無軌道に遊びに出掛け、不特定多数に接近する輩を、いかにして、家に押し込めたらよいものか?
そして、国民を<自発的>に家に留めるために、国民<在宅>化対策委員会が新たに起ち上げられ、今日もまた、密室では、唾を飛ばし合いながら、激しい議論が交わされているのであった。
遊びに出掛けようとしていた、大学生の滝田壮のアパートに、<シロイヌ>さんが小包を運んできたのは、緊急事態宣言の解除が再延期された、ある日のことであった。
「あれっ!? 最近、何かを注文したっけ?」
急いでいた壮が、包装紙を乱雑にビリビリに引き裂いてゆくと、そこに現れたのはゲーム機であった。
そういえば……。
今年の初めに、SNSのタイムラインに現れてきた広告を、<フォロー&リツイート>して、新機種のプレゼントに応募したっけ。
今時、コンシューマ機かよ。流行らないって。いつでもどこでもできて、五分くらいでサクっと終わるソシャゲで十分でしょ。
「いっけねぇぇぇ~、遅れちゃうぜ」
壮は、ゲーム機の説明書だけを、ボディーバックに突っ込んで、アパートを出たのだった。
この日は、あるアイドル・グループのCDのリリース・イヴェントに参加した後、夕方から居酒屋で閉店まで飲んで、終電ギリギリまでダーツをする、という流れであった。
「あれっ!? 雪太(せった)君、今日、栄作(えいさく)と美作(みまさか)、いなくね?」
イヴェントには欠かさずにいる仲間の姿がなかった。
「あ、あいつら、なんでも、ゲームにはまって、今日は<在宅>だってさ」
「はっ! ゲームなんていつでもできんじゃない? 今じゃないでしょ」
「なんでも、SNSでゲーム機が当選したらしいんだけど、寝る間も惜しんで、プレイしているらしいぜ」
「ふぅぅぅ~~~ん、リアルしか勝たんと俺は思うけどね。そういえば、そのゲーム機、俺が当たったのと同じかもしれない。今、説明書だけ持ってるわ」
「ちょっと、見せてみ」
そのハードは、これまで発売されてきた、ありとあらゆるタイプのソフトを遊ぶことができ、さらに、オンラインのラインナップも充実しているらしい。
だが、目玉は、ソフトのマルチ対応ではなく、このハードが、VRとARの両方に対応している点だそうだ。
「雪太くん、俺、いまいち、違いが分からないんだけど」
「ああ、簡単に言うと、VRは、ヴァーチャル・リアリティー、仮想現実のことで、ゲームの世界に入った感じになるやつ」
「じゃ、ARは?」
「拡張現実のこと」
「!?」
「つまり、今この世界にいる自分の目の前に、ゲームが出現するって意味さ」
「まだ、ピンとこないな」
雪太は、何かを思い付いたかのように、左手の掌を、ポンっと右拳で叩いた。
「雪太、例えてあげる。配信で、俺たちが、画面に中に入ったとしたら、それがVRで、演者さんが、画面の中から出てきてくれたら、そっちがARさ」
「おぉぉぉ~~~、これで、完璧に理解したよ」
飲み屋を出た後、ダーツをしようと思っていた店のドアには、「しばらくの間、休業します」という貼り紙があったので、この日は、予定よりも早く解散になり、ほろ酔い状態で帰宅した壮太は、何とはなしに、VRやAR世界を体験できるというゲーム機で遊んでみることにした。
「でも、俺、ソシャゲしかしないんで、ソフトって一本も持ってないんだよね」
プレゼントされたゲーム機には、好きなソフトを一本だけ、無料でダウンロードできるクーポンがサービスで付いていたので、壮太はそれを使ってみることにした。
ソフト一覧を、人気順に並べ替えてみると、一ページ目に、好きなアイドルとデートをできるシュミレーションゲームを見つけ、壮太はそれを選ぶことにした。
ソフトを起動させると、画面の中央に次の表示が出てきた。
「Are you play in VR or AR ?」
壮太がVRを選ぶと、その直後、彼はゲーム世界の中にいた。
プレイ終了後、壮太は自分の部屋に戻っていた。
「す、すっげぇぇぇ~~~~、次はARの方をやってみよう」
今度は、彼の部屋の中に、大好きなアイドルが現れたのだった。
「あれっ!? 今日の<現場>、ソウもいないの?」
雪太が電話をかけてみると、ワンコールで滝田に繋がった。
「壮くん、今日、来ないの?」
「イカン。用事それだけなら、今、ゲームで忙しいので、電話切っカラ」
ものすごい早口でまくし立てられて、電話は一方的に切られてしまった。
「ったく、みんな、一体どうしたってんだよ」
滝田壮は悩んでいた。
VRを選んで、俺がゲーム世界の中に入るべきか、それとも、ARを選んで、アイドルにゲームの中から出てきてもらうか。
このゲームで遊び始めてから、体力の限界に達して意識を失っている間以外は、ずっとゲーム世界の中にいる。一日、二十時間くらいはゲームをしている。
そして、今日は一歩も家の外には出てはいない。
新たに立ち上げられた、国民<在宅>化対策委員会で、民間からブレーンとして招集された、若き科学者の新村法安(しんむら・のりやす)が意見を述べていた。
「そんな奴らを家に釘付けにするなんて簡単ですよ。ゲーム廃人にしちゃえばいいんです。特に今まであまりゲームをしてこなかった奴ほどのめりこみやすく、ゲームに一度はまったら、もうそれ以外の事には一秒も時間は使いたくなくなってしまいますから。それこそ、トイレに行く時間さえも惜しいくらいにね」
「トイレは一体どうするんだ?」
「それは、こうペットボトルに……」
それから、新村は、委員会のメンバーたちに、彼が考案したゲーム機の説明をし始めたのだった。
<了>
国民〈在宅〉化計画 隠井 迅 @kraijean
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