「おうち時間(Home time !)」
えながゆうき
「おうち時間(Home time !)」
玄関に一歩足を踏み入れると、突然の浮遊感が体を襲った。
何だこの感触、一体何が起こった!? そう思っている間にも体は下へと落下していく。いつの間にか周囲は真っ暗になっている。右も左も、上も下も、何も見えない。
悲鳴が出そうになるのを必死にこらえた。どのくらい時間が経ったのかは分からない。謎の浮遊感は突如として消えた。そして暗かったはずの周囲の状況がボンヤリと見えてきた。
ここはどこだ? 辺りは閑散とした荒野だった。真っ黒な木々に葉はなく、まるで剣山のように枝だけが天に向かって伸びている。
「おいおい、冗談だろう。これってまさか、異世界転生!?」
慌てて体を確認したが、特に違和感はなかった。ありきたりな、最近の若者の体がそこにはあった。武器は何も所持していないようだ。せめて鉄砲でもあれば……だが文句を言っている場合ではない。
大丈夫だ、落ち着け。こんなときは慌てずに、まずはステータスの確認だ。
「ステータス!」
しかし何も起こらない。チッ、どうやらお約束の世界ではないらしい。これは困ったぞ。ならば魔法はどうだ?
「ファイヤーボール!」
ゴォ! という音と共に、突き出した右手のひらから丸い火球が勢いよく飛び出した。よしよし、どうやら魔法は大丈夫なようだ。魔力が抜けるような疲れはない。これならいくらでも使えそうだ。
ここでジッとしていても、おそらく助けは来ないだろう。この世界に来るときに、神様に会うことはなかった。つまり、そう言うことだ。自分で何とかしろ。
丸投げも良いところだ。この世界で死んだら、元の世界に戻れるのか? 不安が頭をよぎったが、今は前へ進むしかない。死中に活を求めるしかないのだ。
どのくらい進んだのだろうか。相変わらず代わり映えしない景色が続いている。自分以外の生き物の気配は……残念ながらないようだ。それはそれでちょっと寂しい。新型ウイルスのお陰で、人と会う機会もなくなっていた。それがますます寂しさに拍車をかけているみたいだ。
いかんいかん、集中しろ。ここはおそらく敵陣だぞ。ここが「魔王が住む土地」と言われていても、なんら不思議ではない。それほど、何やら腹の底からくる恐怖があった。
そのとき、地響きが聞こえた。ズシンズシンと、どうやらこちらへ向かってきているようだ。
音からして相当の大きさだぞ。運の悪いことにこの辺りには隠れる場所がない。戦うしかなさそうだ。おそらく今の俺の顔は強張っているだろう。情けないが、恐怖には勝てない。何とか恐怖に打ち負けまいと、前方を睨んだ。
一つ目の巨人、サイクロプスだ! 青い肌に、頭には小さな角がある。大きな棍棒を手に持ち、ゆったりとした動きでこちらへ向かってくる。
どうやらこちらに気がついたようだ。その口がニタリと笑っている。
恐怖はあった。しかし、収穫もあった。相手の動きは遅い。こちらに肉薄する前に攻めれば、勝機を見いだせるはずだ。大丈夫。俺には魔法がある。
「ファイヤーボール!」
先制攻撃だ。練習したからなのか、さっきよりも大きな火の玉がサイクロプスに襲いかかる。ドォン、という轟音と共にサイクロプスが炎に包まれた。
「やったか!?」
しかしサイクロプスは何事もなかったかのように、ニタリとした表情でこちらへと向かって来ていた。ダメだ、ファイヤーボールでは威力が弱すぎる。もっと強い魔法を使わなくては。
「インフェルノ!」
両手を突き出して吠えた。先ほどのファイヤーボールとは比べられないほどの熱量。鋭い炎の槍がサイクロプスに突き刺さった。刺さったところから体内を焼いているのか、サイクロプスが苦悶の声を上げた。
「グォオ……!」
しかし、倒れない。一つ目がギロリとこちらを睨んだ。まだだ、まだもう一発!
「インフェルノー!」
俺の声に呼応するかのように炎の槍が大きくなった。そしてその槍は螺旋を描くように錐揉み回転しながらサイクロプスの体を貫いた。地響きをたてながら後ろ向きに倒れた。その衝撃で土埃が舞った。フウ、やれやれだぜ。
「まさかサイクロプスを倒す輩がいるとは驚きだ。さすがは勇者、と言ったところか」
「だれだ!?」
前方を睨みつける。土埃の中から現れたのは、頭に角を生やし、背中にドラゴンのような翼が生えている。真っ黒な衣装はまさに死神。まさか、俺を迎えに来たのか? 縁起でもない。
それにしても、勇者? 俺ってこの世界で勇者として認識されているのか? ということは、目の前にいる人物は、まさか魔王……?
なんてこった、最初からクライマックスかよ!
「クハハハハ! そんな絶望的な顔をするな。戦う前から負けているぞ。知っていると思うが、一応名乗っておこう。我が魔王ぞ!」
くっ、やっぱりか。だれだ二戦目に魔王を配置したやつ! 駄作ってレベルじゃねーぞ! だが、文句を言っても始まらない。あいつは俺を勇者として認識しているみたいだ。いまさら命乞いをしてもムダだろう。
ならば、戦うまでだ。覚悟を決めた先に、希望はある!
「ほほう、どうやら諦めは悪いようだな。いいだろう。相手にとって不足なし! 我が力を存分に見せてやろう!」
そう言うや否や、魔王は両手に炎を生み出した。インフェルノだ! 俺と同じ魔法を使うつもりか!? 慌てて魔法を発動する。くっ、他の魔法も試してみたいが、どうやらそんな暇はなさそうだ。ならばこちらもインフェルノをぶつけるしかない。
同じ魔法のぶつかり合い。力と力のぶつかり合いだ。先に力尽きた方が負ける。こんなところで負けてたまるか!
「インフェルノ!!」
同時に声が上がった。両手のひらから放たれた炎の槍は中間地点でぶつかり合った。完全に膠着状態だ。押しつ、押されつ。
だがしかし、僅かにこちらが押され始めた。このままじゃ……。
****
ピンポーン。そのとき、インターホンが鳴った。
チッ、これから良いところだったのに一体だれだ? せっかくの「おうち時間」を邪魔するだなんて、けしからんやつだ。
そう思いながらも、努めて平静を装いながら玄関に向かった。
鍵を開け、ガラガラと玄関の戸を開ける。
「おじーちゃーん!」
「おーおー、よく来てござった」
すぐに飛びついてきた孫を抱き上げる。うむ、少し会わない間にずいぶんと大きくなったようだ。時間の流れは早いな。このままではあっという間に抱き上げられなくなってしまうだろう。
「すみません、お義父さん。突然お邪魔してしまって……」
「いやいや、ちょうど暇しとったところよ。ほうら、三月になったとは言え、まだ寒かろう。早う入りなされ」
「それじゃあ、お邪魔して……ところでお義父さん、何だか騒がしい声がしたのですが、何かありましたか?」
「……いいや?」
さてさて、可愛い孫がやって来た。ここからは、孫と嫁女と一緒に楽しい楽しい「おうち時間」の始まりだ。
「おうち時間(Home time !)」 えながゆうき @bottyan_1129
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。