写真1枚が恋の決め手になりますか? part soar

綾瀬七重

第一印象

彼女の第一印象。「気になる」

土曜日のアルバイトの昼休憩中。

サンドイッチを食べようとしていた時。

女友達のSNS。たった写真1枚。

神田翔太。大学3年生。商学部。

たった写真1枚で何がわかるのか。そうな風に翔太はいつも思っていた。

有難い事に仲のいい女友達や男友達からよく「この子が会ってみたいって言ってる」と写真を見せられることが多い。

翔太は有難いなあと言葉にしつついつも会ったこともないしたかが写真1枚きりで何がいいのかわかんない、そう思っていた。

来る者拒まず、とまでは行かなくても去る者は追わずがモットーの翔太にとって彼女の第一印象が気になるということは衝撃的だった。

SNSの写真の中の彼女は不意にこちらを向いた瞬間に撮られた、と言ったような不意打ち写真の表情でスクロールしていくと数枚にわたって彼女の写真があって笑いながら少し怒ったような表情まで見せていた。

はっきり言って美人。だから気になるのだろうか。

いや、それとも場所が映画館だから?

会ってみたいなんて自分が思ったこと自体に最早翔太の中で非常事態のベルが鳴り響いている。

これは、やばい。そう思ってスマホを閉じてサンドイッチに集中した。


昼休憩が終わってバイトに全神経を使って集中してあとバイト上がりまで30分。22時。

頭の片隅に気になるが残っていて何となく自分に気味が悪くなってきた時だった。

翔太のバイト先は昼はカフェ夜はバーというよくある店なのだが扉が開いた瞬間硬直した。

頭の片隅にいたはずのSNSの彼女がいた。あと女友達も。

女友達がやっほーと声をかけてきてああ、とかうん、とか答える。翔太の心はここに在らずと言わんばかりの返事であったが翔太自身はもう頭が真っ白で追いつかない。

翔太があまりに彼女を見つめていたのだろうか。

珍しいと思った女友達が良い仕事をした。

心ここに在らずの翔太にしっかり聞こえるように彼女を紹介した。

「私の高校の同級生なの。宮地桃江」

宮地桃江。ミヤジモモエ、それが彼女の名前だった。翔太の頭の中の意識の中に彼女の名前が割り込んで入ってくる。

「ああ、そうなんだ。あ、こっちの席にどうぞ」

何ともなかったように席に案内して注文を取る。

「桃江、何にする?」

「うーん、甘いものも食べたいしな。あ、ハイボールとアップルパイにする!」

「じゃあ私もハイボールとガトーショコラにしようかな、神田、それでお願いします」

「かしこまりました」

一言そう言ってオーダーをとり翔太は厨房に向かった。ほぼ逃走である。

女友達がにやにやとしている視線が伝わったからだ。そして宮地桃江に自分のことを紹介しているような声も聞こえてくる。

翔太が厨房にオーダーを伝えるとマスターが今日は空いてるからもう上がっていいと言ってくれた。

10分早い上がりだけど翔太には救いである。

一刻も早く宮地桃江の前から離れたかった。

「お疲れ様でした」

着替えを済ませて裏口から出よう、早く帰ろう、そうした時だった。マスターに何故か捕まった。

「翔太、あの子友達なんだろう?今日バイト上がりここで飲むって約束してたから帰ろうとしたら捕まえてくれってお前が着替えてる間に言われたよ。今日は席空いてるし、友達と飲んで言っても大丈夫だから行きな」

やられた!翔太はそう思った。完全に女友達に行動を読まれていた。伊達に3年一緒に過ごしてるわけじゃない。マスターにまで言われてしまっては逃げられない。結局一緒に飲むことになってしまった。

「お、来たね」

女友達が茶化しつつ声をかける。

「来たね、じゃねえ。マスターまで使うな」

不機嫌で怒ったような声が出てしまった。翔太は自分の印象が悪くなるかもしれないと一瞬不安になる。だがすぐになんで自分の印象なんか気にするんだとまた自問自答する。席は迷った末に女友達の隣に座った。

そこで宮地桃江が初めてちゃんと翔太と目を合わせて言葉を発した。

「ごめんなさい、梨乃、強引だから。私がさっき神田くんの映画好きってお話聞いたから話してみたくて無理を言ったんです」

翔太は何となく嬉しいと思ってしまう。宮地桃江も話したいと思ってくれた事に。

とりあえず無難な返事をした。

「あ、大丈夫です。こいつの強引なところは慣れてますから」

宮地桃江が少し笑って言った。

「3年も一緒ですもんね。あ、梨乃とは映画のサークルが一緒だって聞きました。好きな映画が私と神田くん似ているみたいで」

「あ、そうだったんですね。何が好きですか?」

こんな感じで翔太と桃江はそれとなく他愛もない会話を続けて女友達、梨乃もちょいちょい話に混ざりつつ会話は弾んでいった。

あとから思えばおそらく梨乃が仕込んだ紹介だったと翔太は思っている。

桃江は芸術系の大学3年生。映画脚本コース専攻。

美人。写真写りが悪いタイプでSNSの写真よりずっと美人だった。声は落ち着いていて、今どきの女子にしてはしっかりと話すタイプ。

翔太がこんなに好印象を持った女子は今までいなかった。そしてこんなに話が弾んだ女子もいなかった。

こんな風に話していたら夜が深まってしまってそれぞれ解散の時間が迫っていた。

翔太は連絡先を聞こうか、聞くまいか迷っていた。

桃江も同じ気持ちだったのかもしれない。

翔太が先に声を発した。

「あの、連絡先交換しません?」

桃江が少し驚いた表情をした。

なんというか、自分と同じことを考えていたとは思わなかった、みたいな表情だった。

「ぜひぜひ!また映画のお話だったり、色んなお話しましょう」

そしてその日は解散。

翔太自身こんな風に連絡先を聞いたこと自体初めてだった。翔太は桃江がどんな風に思ったか気になっていた。今日1日、翔太の頭を独占する桃江の存在。

これが初恋なのか。もう21だから初恋という言葉は合わないのか、初恋という言葉の賞味期限が終わるとこういう恋は運命の恋だと人は言うのだろうか。

そんなことを考えながら帰路に着く翔太と桃江の物語。

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