美味しい時間
tolico
ちょこっとちょこ亭開店中
「
日曜日の昼下がり。うとうとと横になっていたわたしに、少し離れたところから声をかけたのは結婚してそろそろ1周年になる愛しの旦那さん。
「ねえねえ、起きないの?」
次に聞こえた悪戯っぽい
そうしたら目の前にドアップの彼の顔があったので、思わず二人そろって大笑いして、お互いにぎゅっと抱きついた。
そのままぎゅうっとしてたわたしを彼は笑いながら持ち上げ起こす。
アラフォーにもなってこんな些細なことで笑い合えている事の素晴らしさに感謝する。
「悠一郎さ〜ん! おはよう!」
「おはよう、良く寝てたねぇ」
窓を開けてタバコを取り出しながら微笑む悠一郎さん。
オイルライターの重い蓋が、カンッと良い音を響かせ、ゆっくりと煙が宙を舞う。甘い紅茶のような香りがして、気分良く私は立ち上がった。
トイレに行って戻ったら、タバコを吸い終わった悠一郎さんが先程ネットを繋いでいたパソコンの前に座っていた。
「それで? ガルナさんはなんだって?」
ちなみにガルナさんというのはわたしと悠一郎さんが、3年ほど前に始めた小説投稿サイトで知り合った人だ。『ガルナ』はもちろんペンネーム。
何だかんだ色々あって音信不通になり、こちらの方も日常が忙しく、久しくサイトに顔を出していなかった。
「まあまあ、最初から読んでみなよ」
そう言われて読んだものは以下のような内容だった。
『一悠さん、お久しぶりです! いやぁご無沙汰しております。元気でしょうか? 元気だと良いなぁ。さてさて一悠さん、リアルで飲みに行きませんか? 実は僕、出張で毎週関東に行ってるんですよ。下北沢で美味しい店あるんで良かったらどうですか? というか行きましょう! ご馳走しますんで是非!』
『お久しぶりです、良いですねぇ。煙草と酒好き同士、もくもくしましょうか♪』
『やったぁ! じゃあ日時とかはまた追々。予定、希望あったら連絡くださいね! よっしゃ!』
そんなやりとりがされていた。『一悠』というのは悠一郎さんのペンネームである。わかりやすいね。
ちなみにわたしは『ちょこ』と名乗っている。チョコレートじゃなくてお猪口のちょこ。私もお酒大好きだからこの名前。ウェブ上で使う名前はだいたいこれで統一している。
「ふむふむ。悠一郎さん、もちろんわたしも誘ってくれるんだよね!」
「もちろんだよ」
ふんすとドヤ顔するわたしに笑顔で応える悠一郎さんは、早速キーボードを叩いていた。
そんなこんなで再来週末にわたしも一緒に飲む約束が決まり、手土産を用意しようと翌日仕事帰りにスーパーに寄った。
目指すはお肉コーナー。豚バラのブロック肉と安売りの鶏もも肉をカゴに放り込む。
何を手土産にするのかって? 決まっている。燻製をするのだ。そう、燻製!
お酒とお料理が大好きなわたしは、燻製もやったりするのです!
帰宅したらすぐに取りかかる。手はよく洗って清潔に!
塩、胡椒、各種混合オリジナルスパイスを、お肉にたっぷりしっかり擦り込んで。ビニール袋に入れて冷蔵庫へ。
これで仕込みは完了! あとは週末に燻すだけ♪
そんなこんなで迎えた金曜日の夜。
「千子さん、ガルナさんからまた連絡来たんだけどね」
「うん」
「どうやら親知らず抜くらしいんだよね。それで飲めなくなっちゃうから、予定はまた今度になったよ」
「あらら、親知らず抜くと痛いんだよね〜! わたしも昔抜いたんだけど、麻酔2回かけて。まぁこの麻酔が痛いんだけど、それでそのあと。ガンガンガンガン、ごりごりごりごりって30分後、抜けましたって見せられた歯は粉々だったの思い出すわぁ。そんで麻酔抜けた後痛くて転げ回った思い出」
「うわぁ……」
「まぁそれじゃあ仕方ないね。また今度。仕込んだお肉は違うもの作ろうね」
棚にあった極甘口の白ワインを手に、キッチンへと向かう。
冷蔵庫から月曜日に仕込んだお肉を取り出す。野菜室を覗くと人参、大根、セロリ、長芋があったので、それらも取り出し調理を開始する。
まずは野菜類。
大根と人参の皮を厚めに剥いて、剥いた皮は千切りに。その他は乱切りにする。
長芋は洗って拭いて、コンロの火で炙って髭を取る。このまますりおろして麺つゆと生卵混ぜて食べても美味しいんだよね!
でも今日は黒い部分の皮を取り除いて、厚めの輪切りからの
セロリは筋を取ってザクザクと大きめに。葉っぱは使わないので冷蔵庫に仕舞う。
これで野菜は下準備完了。
次はお肉。
よく熱した深めのフライパンに、ビニール袋から取り出した豚バラブロックと鶏もも肉を1枚乗せる。じゅうという音と振動が箸から伝わって、芳ばしい香りが上がる。
中火から少し弱火くらいの火加減。
箸でひっくり返してお肉の表面を満遍なく焼いていく。ちょっとくらい焦げ目が付いて、フライパンにお肉がこびり付くけど、そこにすかさず料理酒をふる。
煙と共に、さらに食欲をそそる香りが、湯気となって立ち昇る。
脂がぱちぱちと撥ねて、生っぽい色が無くなったらお肉は一旦取り出しておく。
そのフライパンに、先程切った千切りの人参、大根以外の野菜を全て放り込み、ころころと転がして炒める。ちょっと焦げやすい。
表面が色付いて来たらお肉をフライパンに戻す。そこに極甘口の白ワインをたっぷりかぶるくらい注いで、ヘラでこびり付きをこそぎながら軽く混ぜて蓋をする。
ガラスの蓋があっという間に蒸気で曇り、あとは水分が飛ぶまでしばらく煮込むだけ。
味付けは、肉の塩気があるので、しなくても大丈夫!
その間に別のフライパンを用意。熱して胡麻油を注ぎ、人参と大根の皮を炒める。
大根の色が変わって来たら料理酒を少々。さらにみりん、麺つゆ、醤油、キムチの素少々をささっと入れて水分を飛ばしながら炒めれば、人参と大根の皮のきんぴらが完成!
「何作ってるの」
のそっと現れた悠一郎さんが、後ろからフライパンを覗き込んでくる。
「美味しいものだよ♪」
「お、いつものきんぴら。皮が無駄にならないし良いよね。こっちのフライパンは?」
言って隣の蓋を開ける。
「おお! 何これ、うまっそう!」
「焼いただけよ〜絶対美味しいやつだけどね!」
にこにこと顔を綻ばせて、悠一郎さんはお皿を取りに行く。冷蔵庫からレタスも取り出して、さっと洗ってお皿にスタンバイしてくれた。
わたしは小皿を出してきんぴらを移す。すかさず悠一郎さんがフライパンを洗う。
だいぶ汁気の飛んだフライパンから人参をひとつ取り出して味見。セロリを取り出して悠一郎さんに。
「良いな」
「良いね」
見解が一致したところで、お肉をどーんと盛り付けて野菜を傍に添える。
ご飯とインスタントスープを用意して、豪華ディナーの出来上がり!
フォークとナイフで切り分けながら食べるのは、ちょっと食べにくかったけど。スパイスと塩が効いてワインの甘さと風味がよく合って、肉食べてる! っていう満足感に満たされた。
野菜は素材の味が生きて、ちょっと甘いけどグラッセみたいな感じ。お肉と食べると断然美味かった!
大根と人参のきんぴらも安定の美味さ。
美味い美味いと食べ終わったら食器はさっさと片付けて、食後のコーヒーを淹れてまったり。
わたしはスマホで漫画を読み、悠一郎さんはベランダでタバコ片手にコーヒーを飲んでいる。
好きな料理をのんびりと好きなように。そして好きな人と一緒に作って食べる。
おうち時間はそれが良い。
ちなみに後日。このエピソードを小説にしてサイトに上げたところ、ガルナさんから好評と砂を吐いたという報告をいただき、無事飲み会の約束を果たす事になった。
勿論、手土産の燻製は別に用意した。美味しいものは広めたいからね!
美味しい時間 tolico @tolico
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます