コチらへ最後の三分間

水原麻以

究極のおうち時間

●コチらへの最後の三分間

「自宅でのテレワークが当たり前となったら、もはや 自宅でしか生きられなくなった」 ―そう思い込んで いたコロナ。リモート出演、リモート帰宅、完全自宅 待機、自宅待機、完全在宅出勤という新たなライフス タイルを実現すべく、コロナは自宅を後にした。そし てその帰り道でコロナは、新型インフルエンザの発症 を危惧する。自宅へと帰り、自宅と自宅との往復を繰 り返すことに慣れたコロナは、自宅内に「感染の拡大 防止対策課」という課を設置。その課員であるコロナ は、「自宅から自宅までの往復時間」を「自宅から自宅へと往復する時間」と定義。自宅から自宅へ、自宅 から自宅へと往復を続ける、というライフスタイルに シフトする。しかし、自宅から自宅へと往復する時 間。自宅から自宅へと移動というライフスタイルは、 自宅から自宅へと向かうという意識を持った上で、自宅へと向かうという意識を向上させようとした。

●自宅内「感染の拡大防止課」

コロナこと神方頃奈かみかたころなは希望に満ちていた。何しろ挫折が世界に蔓延しているからだ。頃奈は落伍の達人だった。義務教育時代はいじめで不登校、高校受験は本命予備とも当日の発熱で失敗、大検にもバイト面接にも落ちた。その散々たる人生が燦然とした。ハードルが下がったのだ。長引く自粛で廃業、連鎖倒産が相次ぐなか安心が政治のキーワードとなった。ワクチン覇権が外交カードになる世界に日本は孤軍奮闘せねばならない。そこで政府は賭けに出た。クラウドソーシングのクラスター化である。あらゆる入札を庶民に開放したのだ。パブコメならぬパブビズである。そして頃奈にもワンチャンが来た。「感染予防に関する件」に関する細切れの仕事が回ってきた。「おうち時間対策?なにこれ」

底辺チューバ―として下らないネタを緩く喋り日銭で食いつないでいた頃奈は飛

びついた。

ある日、近所のショッピングモールの食品売り場で見つけたのは…高級チョコレートだ。それも一口サイズ1㎏の大袋!!食べ切れなかった分は、いつの間に食ったのか…。それは体重などどうでもよくなるほど甘くてとてつもなく罪作りなチョコレートだった。

●自宅での「感染予防・緊急事態対策」

「おうち時間って何。ステイホームって既に在宅してるじゃん。馬から落馬かよ」

初めてその言葉を聞いた時、耳を疑った。しかし馬車馬という単語はある。考えるうちに政府が奇怪な呼びかけを始めた。家庭内感染予防のため家族間の会話を控えろ。食卓を囲むなという。「それってひとつ屋根の下に住む意味なくね?」

頃奈は笑った。そして閃いた。極力自室で過ごせというならそこが家ではないのか。ここで自宅内自宅という概念が生まれる。頃奈は早速ドアノブに表札を提げた。「でもこれって昔からあるじゃん」

何だか面白くなってきた。

神方時奈はそれを「感染予防」するために、自宅を後にした。だが、その自宅から自宅までの往復時間を「自宅から自宅へと往復する時間」と定義しながら。自宅から自宅へと往復する時間を「自宅から自宅へと往復する時間」と定義する。それを繰り返すことに馴染めない。当然だ。それが意味を持つことを知らないのだから 。しかし「外出」しないと「おうちだけの時間」は成立しない。

こうして頃奈は「自宅へやから自宅じたく」を往復する「外出できない、自宅での生活」となってしまった。いつも一人ぼっちだった、誰もいない自宅の家主の家。孤独を感じた時、脳内に声が響いた。

脳内時奈に「マスクしなきゃいけませんか?」と声をかけて頂いた。神方時奈は脳内頃奈に気づかず、同じ神方本人であるならば、

「マスクはしてなくてもよくないですか?」

と、そんなことを言っていた。そして、そんな脳内時奈にマスクは必要ありませんと答えた時、神方時奈は「どうして?」と聞いていた

「僕が作りますよ。脳内マスク。そして、君の言う 『感染予防・緊急事態対策』は解けるんです」

その時、神方時奈は感じた。自分はなぜ、今も自宅で、そのマスクが必要なのか 。それは「僕がマスクをしていないからだ」と感じた時。

マスクをしている時に気づかなければ、そう思う。だが、そういう場合はマスクをすることで

「感染予防・緊急事態対策」は 解ける。そういう事態で、そのマスクをつけられない。

そのマスクがなければ、脳内頃奈に気がつけない。そんな事態が発生したら、「マスクがない」からと分かり、逃げ出してしまうかもしれない。それだけは避けなければ……。

神方時奈にとって、その時、気がつかなければ終わらない。そのためには、何かしら 考えなければいけないことがある。それを、時は「考え」ることだと思う。

その日、時奈は一人で、自宅に佇む。神方家を訪れた家族に、このような出来事もあったかと驚かれることがあった。

時奈は、今日、神方家に住んでいることを「家族に知られてなければ」という思いを持ちながら、神方家へやの玄関をくぐる。

神方家は、家が一軒の一軒家。その家に、ある者が住んでいる。その者は、時奈の自宅で生活をしている。

神方家の玄関をくぐった後、神方家から出ると、そこは小さな公園ベランダだった。「お姉ちゃん?」

神方ういがキョトとたたずんでいる。「あんた、お部屋うちは?」

不法侵入者いもうとに頃奈が誰何する。

神方家に住んでいると思っていた家族が、何故ここにいるのか。それは、時奈の家に住んではいけないということ。

時奈の自宅を目にした時も、神方家に住んでいた。

時奈が、この公園で生活をしていることが、家族には知られている。それを家族は知っていて、時奈を家に連れ込んでくる可能性がある。

時奈が、自分で行動をしないといけない。そうしたら……どうなるだろうかと時奈は考える。

そんな時に、

「あら、マスクが少なくなってきたわね」

不意に、公園の中央に立つ人物がそう言った。そして、その男性は「マスクをしている」ことを知る。その男性は、

「このマスクは、感染予防・緊急事態対策だよ。僕が手で外せるような状態でいないと、感染してしまうよ」

時奈は、目をそちらに動かさせず、男性を目で追う。

「……えっと、君は……?」

彼は、時奈の顔を見ずに、聞く。

時奈は、「ああ、お父さんかな?」と言い、軽く笑顔で手と手を近づける。その手には、マスクをしている神方時奈の頭がはまったキャンディーと、手に落ちたマスクが握られていた。


こうして、神方頃奈は素晴らしいおうち時間の過ごし方を発見した。

おうちの中でご近所づきあい。御近所うちのひと同士で会食、カラオケ、裏庭地方に町内おうち旅行。楽しさいっぱいである。

GoToおうちトラベル、居間イート、自宅まちに賑わいが戻ってきた。


この発見は内閣府おうち時間対策本部に驚嘆を持って迎えられ新しい過ごし方として即決採用された。頃奈は連日マスコミのオンライン取材を受けますますおうち時間が充実した。


そんな、楽しいある日の夕方。御父様ちょうないかいちょうが血相を変えてマジ外の世界から帰ってきた。

「父さんの会社がコロナ倒産した!」

頃奈の自宅おうちは家族寮である。一家のおうちはどこにある。

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コチらへ最後の三分間 水原麻以 @maimizuhara

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