おうちのわたし

多賀 夢(元・みきてぃ)

おうちのわたし

『コロナによる外出自粛が叫ばれる昨今、リモート飲み会なるワードが急浮上!』

 つけっぱなしのテレビから、ハイテンションなナレーターの声が響く。なんとなしに画面を見ると、粗い画像の顔達がずらっと分割された枠にならんで、ぎこちなく手を振っている。


「私とは縁のない世界やん」


 リモコンを足でたぐり寄せて、面倒なんで右足親指で電源を切る。・・・あれ、案外難しいぞこれ。くぬっくぬっくぬっ、あぁ消えた。なんや、手でやった方が数段楽やったかな。


 私は派遣切りされたばかりのアラフォーである。旦那はおらぬ。親は遠くの田舎に住んでおり、帰りたくとも緊急事態宣言のせいで身動きが取れぬ。次の派遣先はただ今結果待ちで、だけど恐らく落ちるんじゃないかと思う。コロナのせいで在宅業務が増え、無駄も見直され、派遣社員が不要になったからだ。


 ヒマになって早2週間。掃除も断捨離も済ませて広くなった部屋は、寂しさを2倍増しにして私を囲う。

「なんかせんと、やっとれん」

 独り言は確実に増えた。派遣は友達作りが難しいのだ、結局私には私しか語り合える相手はおらぬ。このモノローグも、正直全部声に出してしまいたいほど生の声に飢えている。

「暇じゃ、暇じゃぜよお」

 あかん。生まれ故郷高知の方言と、巷で真似される坂本竜馬の口癖が混ざった。

「『日本の夜明けぜよ』ってなに!高知県民はそんな言い方せんき!」

 あかん、謎の叫びを上げてしまった。何しちゅうがよ私。

 埃一つないまで掃除しまくった部屋を、寝間着でごろんごろんと転がったり。うつ伏せでイモムシのようにニャッキニャッキ往復したり。そうやって清潔さを堪能するのも、半月も過ぎれば飽きてしまう。

 ・・・畜生。なんで私、ゲーム機とか買うの我慢してたんだろ。今は世界で巣ごもり需要上がっちゃって、ネットショップにすらねえよ。

「あうーひまー」

 またまた部屋を転がり出した時、ちらりとテーブルの上に置いてあるデジタル時計が目に入った。


 19時42分。


 私はしゃきんと起き上がり、ぱぱっと顔を払った。寝間着と下着をポイポイ脱いで、洗いたてのパンツとブラ、清楚なカットソーにフェミニンなスカートを身に付ける。

 それから顔を濡れタオルで拭いて、色つき乳液をお肌に乗せて、唇にリップクリームを薄く塗って、髪にざざっとブラシを通して、清潔なマスクを装着して。


 ぴんぽーん

「はい!」

『お待たせしました、デミオピザです!』


 玄関のドアを開けると、本日一人目の生身の人間と貴重なご対面。

「ではこちらミックスピザのS一つと、サラダ一つと、おあとコーラ一つになります。ご注文は以上ですね」

「はい♡」

「お支払いはネットでお済みですね。ではまたお願いします!」

「はいっ♡」

「ありがとうございました!」

「こちらこそ―♡」

 ぱたんとドアを閉じてから、私は小さく悲鳴を上げた。

「今日の配達員さん、かなりイケメンやったぁ☆」

 ・・・向こうもマスクだから目しか見えないけど。


 非常事態宣言が終わり、新たな派遣先が決まるまでの間、私の『推しデリバリー配達員』探訪は続いた。

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おうちのわたし 多賀 夢(元・みきてぃ) @Nico_kusunoki

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