episode_3


 


「そりゃあさ、肉体が在った世代で、現実に耐えられなかった人はいたよ? だけどさー。人員管理のときの出生申請とか、今学校行ってる子供とかさ。見ると、思うんだよ。

 コイツら、残して死ねないなって。俺たちが、先に行ってやらなきゃって。

 俺たちは、肉体を知る最後の世代なんだから。

 でなきゃ、こうまでがんばっている意味無いじゃん。そうだろ?」


「……」


 私は、虚を衝かれたみたいに呆然と彼を見詰めていた。

 彼は前向きだった。常に。いつだって。




 肉体を棄てるとき、私が、恐怖に駆られ立ち止まったときも。


“行こう”


 怖気付いて動けず、大人も困り果てているところ、私の手を引いてくれた。

 嫌になるくらい、彼はいつも私の前を歩いて引っ張っていた。




「……まぁ、こう言ったって、俺たちだって大変だと思うけどな」

 彼は、取り繕うかの如く苦笑した。もしかしたら、少々気恥ずかしいのかもしれない。助け舟を出すように私も同意した。

「そうね。今更生身で動ける気がしないわ」

「だなー。だからさ、俺たちががんばらないと、示し付かないじゃん!」

 後続の世代に。彼は軽く言うけれど、星に着くとき、私たちだって、どうしているかも判然としないのに。考えて。


「目的地に着くころには、おじいちゃんおばあちゃんかもよ?」

 指摘すれば、彼は実にあっさり。

「それはそれ。これはこれだろ」

 簡単に言い切ってくれる。ここまで来ると、私も笑いが洩れて来る。


「私、」

「うーん?」


「あんたのそう言うところ、好きだわ」

「っ!」


 大きくは無いけれど、止まらない笑いを抑えつつ、私が零すと、なぜか彼が顔を逸らした。私はきょとんとして、この拍子に笑いも引っ込んだのだけど、どうしたのだろうと覗き込んだ。


「どうしたの?」

「……。どうもしません」

「何で逸らすの」

「逸らしてません」

「嘘仰有い」


 私が覗く、彼が逸らすをしばらく続け、埒が開かないので不機嫌を隠しもせず睨み付けた。しばしその状況で膠着状態に陥っていたら彼が観念したらしく。


「スタート地点に辿り着いたら、話します」


 と宣うので賺さず私は返した。


「死んでるかもよ」


 どっちが、とも明言しないけれど。そうしたら彼はばっとこちらを勢い良く見た。だって、おじいちゃんおばあちゃんの可能性が在るなら、死んでいても不思議は無い。彼も同じ思考に行き着いたのだろう。凹んだみたいに。


「今度、今度申し上げます……」

 顔面を両手で覆って項垂れた。何で敬語。思いながら、私は敢えて言及しないで上げることにした。




 星を探す旅は、いつ終わるとも知れない。

 ここに物質的なモノは存在しない。肉体や植物、そう言った生物を構築するための様々な元素は積んでいるけれど。

 また、実体の無さから、私は己を見失うかもしれないけれど。

 だけれど。


“俺たちが、先に行ってやらなきゃって”

“俺たちは、肉体を知る最後の世代なんだから”

“そうだろ?”


 私の生きている意味を示してくれたから。


 まだ、私はがんばれる。


 大丈夫。




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the origin─箱舟の徒 aza/あざ(筒示明日香) @idcg

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