episode_2

 



 生まれるとき、父親となる者と母親となる者の遺伝子情報からパターン選出して、良い精子と良い卵子を幾つか造り掛け合わせる。そうして、子供は生まれ、また、データ化された。

 病気になるとき、体が怠いとき、だいたいサーバに負荷が掛かっている。ウィルスの可能性も在るけれど、この場合、人為的で犯罪が起きている証拠なので滅多に無い。怪我をすることは、まず有り得ない。

 死ぬとき、遺伝情報から計算された寿命に従って終息を迎えた。多くは。


「───」

 データと化した人間に、こんな工程は必要なのだろうか。


「最近、お前おかしいぞ」

 休憩中、デッキスクリーンの前に立って闇を眺望していると、幼馴染みが険しい表情で言った。デジャヴだ。

「何、」

「……」

 ……そうかもしれない。私は、彼に手を伸ばした。彼は戸惑いながらも私にされるがままだ。莫迦だな。私が、彼を殺したら、どうするのだろう。……無いか。もし殺意を検出したら、管理システムが警鐘を鳴らす。だとしても人は殺せる。許容量を越えたデータの損傷は、死を齎した。


「私たち……生きているのかしら」

「は、」

「だって、あたたかくも無いのに」


 彼の、鎖骨の下辺りに手を当てた。この手にも彼の体にも熱は無い。いや、触感は、あらゆる五感は再現されている。ここはリアルだ。だけど、どこにも物質は存在しない。息遣いですら、丸ごとデータ。

「……メンタルメンテナンス、受けているのか」

 尋ねる彼に、私は首を振った。横に。だって、受けていないもの。


『メンタルメンテナンス』、いわゆる、セラピーのようなもの。メンタルケアを主として、精神状態をベストな状態に持って行くためのプログラム。私の答えに、彼は嘆息した。やっぱり、と言うニュアンスが含まれていた。


「……今すぐ受けて来い」

「……」

「とは、言わないよ」

「───」


 私は自然と俯けていた顔を上げた。仕方ないヤツだ、と半ば呆れている風の幼馴染みがいた。


「受けても、多分、すぐ戻るだろうしな。……お前の言いたいことはわかるよ」

「……」

「ここは仮想空間だ。俺とお前は六歳のときには肉体を棄てた」

「うん」

「ここには『食事』は存在するのに『排泄』は存在しない」

 そう。食事はする。けれどそれは栄養摂取に直結しない。私たちにとって最早食事は味覚と視覚を楽しむための娯楽だった。


「生殖行為だってそうだ。行為は現存しても妊娠はしない」

「うん」

 愛し合う行為と、子供を作ることも直結じゃなかった。子供は結婚……婚姻届が受理され、欲しくなったら申請する。後日、作られた赤ん坊のデータが、届けられるのだ。


「こんなんじゃ、確かにおかしくなりそうだよな」

「ちょっと、」


 余りにも冷静に語る彼へ、私は危惧を覚えた。さっきまで、私のほうが不安定なことを発言していたのに。彼の淡々とした様子に逆に憂虞する。

 しかし、彼は実にあっけらかんと。


「お前が振って来たんだろー」


 笑っていた。私は晴れるどころか眉間の皺を増やした。と、彼が改まったように。


「あのさ、俺たちは体を知ってる。でもさ、他は知らないんだ。俺たちよりあとに生まれた世代は、知らないんだよ。俺たちよりあとに生まれた世代は、新生児のときにデータ化されてるんだ。当たり前なんだよ。

 データ化された、この、現今が」


 私が黙って聞いていると、彼が「わかる?」訊いて来る。正直に、首を振る。だろうねー、と彼は笑う。


「つまりね、まだ、“始まっていない”ってこと」

「え……」

「俺たちより上の世代は、リセットした。俺たちより下の世代は、スタートしていない。何も、始まっていないんだ。

 俺たちは、スタート地点にも立っていないんだ」


 彼の言葉は、私にはとても不可解だった。けれど、彼が私のために言語化してくれていることはわかった。


「この船がさ、新しい土地に着いたらさ、やっとスタートだと思うんだ。そのとき、俺たちはまた肉体に戻るだろう? 時間は、掛かるけど」

 うん、と私は相槌を打った。そう言う、計画だった。


 私たちの星が、環境整備も地下での移動も困難となって、もう住めなくなったとき。新しい星を開拓することになって。食糧問題や乗船人数を解決するためデータになった私たち。

 私たちは、新たな星に降りたら、肉体を取り戻すことになっていた。


「そのときさ、肉体の在った世代は多いほうが良いじゃん」

「……」

「だって急に不便とか絶対出ると思うんだよ。そうだろ?」


 彼の主張はもっともで、このデータの自分に慣れている人間が突然生身を得るのは難しいかもしれない。




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