the origin─箱舟の徒
aza/あざ(筒示明日香)
episode_1
私たちは、遠く、星を目指していた。
自分たちが住める星を。
「……どこまで行けば……」
「────まだ起きていたのか。休んだほうが良いぞ」
広がる闇を睨む私に、声を掛けて来たのは、一人の軽薄そうな青年。私の幼馴染みだった。私は素っ気無く、平気、と言った。すると幼馴染みは一つ溜め息を吐き。
「……いい加減にしとけ。カテゴリメンバーが二名起きた。メンバーの中でお前の起動時間が最長なんだ。『仲間』として言うぞ。休め」
『カテゴリメンバー』とは私の在籍するサーバと区分を同じくする者のことだ。
「……」
外見がチャラいくせに、随分と偉そう、と私は鼻を鳴らした。と言うか、初めから言えば良いのだ。
“同サーバの容量増加で、マシンに負荷が掛かる”と。私は無言で身を翻した。
私たちは、多分、星を知る最後の世代だ。
昔、私たちはとても美しい星に生きていたらしい。“らしい”、と言うのは私が物心付くころには、星はとても汚れていたからだ。人も住めない程に。
人々はシェルターに住み、他の場所へ行くには地下を通ってしか叶わなかった。それもいよいよ限界を来たし。
だから、人は在るだけの知識と技術で星を棄てた。
星を棄てるに当たって人類は、肉体も棄てた。出来るだけ人を乗船させるため。記憶、感情、その他意識と遺伝子などの個人を形成する情報のすべてを機械に移植した。私たちは今や仮想空間で生きる、幽霊みたいなものなのだ。
「……」
私は、肉体を六歳で棄てた。
「……ん」
目を覚ます。小さなチップで留められている意識のくせにぼんやりとして、私の体は重たい。これが起動時のラグだと知っている。起きて一番にすることは仮想空間でのアバター調整だ。スタンダードは遺伝子情報から実年齢に合わせ作られたモンタージュ。年も取る。情報から成長課程の平均値に従って体型、骨格を割り出される姿。勿論、全部数値をいじってスタンダード以外も出来るけれど。私はしなかった。だって、私。
「……」
私を、忘れそうだもの。
疲れない体。なのに、私たちは、食事をする。生活習慣も、各々、作業のようにこなされる。国や宗教で違うから、ある程度個人の自由だけど。食事しないと管理システムから警告が送られて来るのだ。仮想空間で、味も見た目も再現された食事。私たちが電子化された理由の一つ。食糧問題。
「……」
こうまでして、生きる意味など在るのだろうか。
「お早う」
「ああ、起きたのか。さっそくだけど、職業申請出ているよ。目、通して置いて」
起きて早々、職場に復帰した私へ、容赦も挨拶も無く、幼馴染みは大量のデータファイルを渡して来る。私はデータを流し見つつ、次へを選択してページを捲る。この捲る動作も、プログラム上のものだと思うと笑えて来る。
「どうした?」
「……何でも無いわ」
「何だ。面白い職業の申請でも来てるのかと思ったのに」
「そうでも無いわ。割と、普遍的よ」
『職業申請』。私たちは成人を迎えると絶対だった『就学申請』が任意になり、働くことが出来る。まぁ、働いたって働かなくたって生きては活けるのだが、少々窮屈になる。データなら場所を取らない、などと言うのは間違いだ。容量には必ず限りが在り、それを社会に貢献しないもののために余分に与える程、マジョリティーはやさしくない。
ならせめて、好きなことを仕事にしたいと思うのが人情だろうけれど、生活出来るかは微妙なところだ。古代から形を変えて報酬と言う制度は続いて来た、ここでも同じだ。
かく言う私も、人員管理部に属していた。昔で言えば役所みたいなものだろうか。日々、人々の生活を管理する。就学も職も健康も病気も生も死も。
データの生き物なのに、私たちは病気になるし死ぬし子供も生まれた。
もっとも、昔のように、生身が在る時代のようにでは無いけれど。
「……」
「どうした?」
幼馴染みが、同じようなことを私に再び問う。
「ううん……何でも」
私は。
「無いわ」
「───」
ただ、笑っただけだった。
【 Now loading...| 】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます