みんなのおうち時間
澤松那函(なはこ)
みんなのおうち時間
おうち時間。
新型ウィルス対策を掲げた政治家とマスコミが流行らせた言葉。
せせこましい社会だと常々眺めていたが、今までよりもさらにひどいものになった。
行きつけの料理屋は潰されちまった。
あそこは、子ども食堂をやっていてよくシングルマザーの子供が来ていた。
毎日命を削るように忙しく働いているのに子供一人養えるだけの給料を会社はくれないらしい。
生活保護の申請をしようにも、なかなか難しいんだ。
役人は困っている人を助けるより、いかに受給させないかを考えている。少なくとも俺の目にはそう映った。
そんな母親たちが子ども食堂を訪れていた。
母親たちは飯を食う子供の姿を見て泣いていた。自分が満足に食わしてやれない不甲斐なさと、普段見せないのだろう腹いっぱいの子供の笑顔に。
だけどあの店は高齢の夫婦がやっていた小さな店だ。感染対策ができないし、感染したら命をかかわると周囲からきつく言われたと聞いた。
行きつけの床屋も潰されちまった。
オーナーは、子どもが二人いる女性でその子らを養うために死の物狂いで手に職を付けて頑張ってきた人だった。
自分が苦労してるから他の人にも親切にしたいとホームレスの髪を無償で切ったり、寝たきりのじいさんばあさんの髪を切ったりしていたが、ウィルスに感染しちまった。
軽症で済んだらしいが、汚い床屋に切られたくないと、疎んじられて客がいなくなったんだと。
行きつけのスポーツジムも潰されちまった。
気のいいオーナーは、よくシャワーを貸してくれた。
俺だけじゃなく風呂なしアパートに住む若者や虐待されて家出した少年少女たちにシャワーを使わせていた。
自分と同じ境遇の子供たちを少しでも助けたかったらしい。
パンデミック初期の頃に起きたスポーツジムのクラスター騒ぎで営業が立ち行かなくなった。
そのジムでは一人も感染者なんか出してないのに、マスコミの連中がジムを目の敵にしたせいだ。
行きつけのライブハウスも潰されちまった。
オーナーの見た目はいかにもパンクロッカーって感じの若い奴だが、排除アートで寝場所に困った俺らみたいのを店の中に泊めてくれた。
見た目や境遇や育ち半関係ない。人類皆兄弟。それがロックなんだと言っていた。
歌に来る連中も色々と事情を抱えてて、積もり積もった色んな思いを歌として発露しに来ているらしい。
みんな色々な思いを背負っていたんだけどいい奴等ばっかりで、よく俺にも酒を奢ってくれて一緒に歌ったりもしてくれたこともある。
だけどジムと同じにクラスターが出るからと、苦情が殺到して店を締めざるを得なかった。
子ども食堂のあの子らと母親らは、今おうちで飯を食えているんだろうか?
ホームレスや寝たきりの人らの髪は、今おうちの誰が切っているだろうか?
ジムに来ていた貧乏な若者や虐待されてた少年少女は、今おうちで風呂に入っているのだろうか?
ライブハウスの連中は、今おうちで思いを歌いにできているのだろうか?
おうち時間を過ごしましょう。
俺のおうちは二十年前になくなっちまったよ。
なぁ、答えてくれよ政治家さんにマスコミさん。
俺のおうちはどこにある?
俺たちのおうちはどこにある?
なぁ、教えてくれよ。
おうちのない俺たちは、どこにいればいい?
みんなのおうち時間 澤松那函(なはこ) @nahakotaro
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます