第19話 夜闇の帰り道
海の見える街から帰る夜。
揺れる馬車が気持ちいいのか、それとも私の膝が気持ちいいのか。
レミリエルは可愛らしい寝息を立てて眠っている。
そっとレミリエルの頭を撫でてみると、「んん⋯⋯」なんて寝言を漏らす。
「今日はレミリエルに怖がられてしまいましたね⋯⋯。反省しないと」
海賊達が私の愛しい弟子に触れているのを見て、直ぐに下衆な目的だと分かった。
だから、自分で思うよりずっとカッとなってしまった。
「気付いたら手が出てましたね⋯⋯」
弟子に気付かせる事など師匠としてどうかと思うので、否定したけれど、実際に怒りで冷静さをかいたら不意を突かれる可能性が高い。
相手が魔法の使えない海賊だったから良いものを、もしこれが対等な魔法使いだったら負けていたかもしれない。
もし私が負けたら、レミリエルは今頃⋯⋯。
「もう少し私も、大人にならないといけないのかもしれませんね」
「魔法使い様、悩み事ですか?」
「ああ、先導さん。貴方に言っても⋯⋯いえ、少し悩んでいまして」
「良ければお話聞きますよ?」
大人にならないとと言った手前、レミリエルの言う通りに先導さんにも丁寧に接しよう。
あああ⋯⋯なんか今日めっちゃ弟子に教えられてるなぁ⋯⋯。
「その、今日レミリエルが海賊に捕まってしまいまして。無事救出は出来たんですけど、どうにも冷静さを欠いてしまいまして」
「ほほう。ならそれだけお弟子さんが可愛いと言う事じゃないですか?」
「当たり前です。レミリエルの可愛いさは世界一です」
「私も一人娘がいるんですけどね、本当に可愛くて。冷静になれないのは、きっとその子のことを心から大切に思っている証拠なんですよ」
生憎背中しか見えないからどんな表情をしているのかは分からない。
けれど先導さんは、私の事なんて分かりきったような大人な様子を醸し出す。
「言いたい事は分かりますけど、いざと言う時には冷静でいられないと。私達は守る側の立場なんです」
「そうですねぇ。まあ私は火事場の馬鹿力で何とかしてきたタイプなので、そこら辺はよく分かりません」
「火事場の馬鹿力って⋯⋯」
「いざっていう時、理屈なんて抜きに自分が思っている以上に力が出るものです。現に魔法使い様だってレミリエルさんを助けられたんでしょう?」
先導さんの言葉に、私は黙って頷く。
確かにレミリエルの事は助ける事ができた。
けれど相手が魔法使いから見たら脆弱な海賊だったからだ。
色々と否定的な意見が喉から出そうになるのを何とか飲み込んだ。
やめよう。何度考えたって自分では似たような思考になるだけだし、素直に周りの言うことを聞こう。
私は、黙って先導さんの言う火事場の馬鹿力とやらを受け入れた。
「ありがとうございます。お陰で気が楽になりました」
「本当ですか? 自分の中で完全に納得いっていないような感じですけど」
「まあそうなんですけど、お見通しですか⋯⋯」
「私にも魔法使い様位の娘がいるので、分かりやすいんですよ。確か今年で十八です」
十八歳⋯⋯というとレミリエルの一つ上ですか。
ん? 待って、もしかして私十八歳と勘違いされてる? 今年で二十⋯⋯んんっ!!
「あのー私も一応成人してそこそこ経つ大人なんですけど」
「そうなんですか? 全然まだ十代に見えますけど。失礼ですが本当はお幾つなんですか?」
「答えなきゃダメですか⋯⋯?」
「嫌だったら無理しなくて良いですよ?」
「なら答えません。絶対に」
流石に十代と勘違いされてるのに、実年齢を答えるには恥ずかしいものがありますから、ここは黙っておきましょう。黙秘権の行使です。
「んん⋯⋯」
「まだ家には着かないので、もう少し眠っていて大丈夫ですよ」
レミリエルが目を覚ましかけたので、まだ眠るように促す。
今の私はレミリエルに見せられる程大人ではない気がするし、家まで眠っていてもらおう。
「大抵の魔法使いは、自分の力に慢心している印象でしたが、貴女は自分の力を決して過信しない。良い魔法使いだと思いますよ」
「なんですかいきなり⋯⋯そんなに褒めて」
「苦しいかもしれませんけど、悩む事を止めなければきっと今の自分を改善し続けられますよ」
「どうも⋯⋯」
確かに魔法使いは、魔法の使えない人間が束になってかかっても傷一つ負わせられないほどに強い。
そして誰もが自分の強さに慢心して、隙が多い。恐らく悩む事もしていないだろう。
私にとっても大抵の魔法使いはそのイメージは強い。
だからまあ、そう言って貰えると悪い気はしない。私だって人間だし、褒められると素直に嬉しい。
「これからも沢山、悩みますかぁ⋯⋯」
眠るレミリエルの頭をそっと撫でて、夜空に向かって呟く。
沢山悩んで、悩み抜いて、レミリエルにとっていい師匠でいられるようにしよう。
少し吹っ切れた私は、家に着くまで先導さんも談笑した。思いの他楽しかった。
家に着くと、レミリエルを優しくさすって起こす。
「レミリエル、つきましたよ」
「うんん⋯⋯馬車の揺れが心地よくてすっかり眠っていました」
「みたいですねぇ。気持ちよさそうな寝顔でしたよ」
「なんか恥ずかしいです⋯⋯」
「恥ずかしがる事ないです。とっても可愛らしかったですよ?」
「そういう事言われるともっと恥ずかしくなりますから。外暗いですし、早く家の中に入りますよ!」
レミリエルは私を置いて、そそくさと家の中に入っていってしまった。
「先導さん、ここまでありがとうございました」
「いえ、仕事ですから。頑張って下さいね、魔法使い様」
「ええ、やれる所までやってみます」
私も先導さんと別れを告げて家の中に入る。
かなり色々な事がありすぎて、一日しか経っていないのにこの家が久しぶりな気がする。
自分の家の匂いが懐かしい。
「レミリエル、明日からも頑張りましょうね」
「え? ああ、はい」
私の問いに、レミリエルは首を傾げている。
疲れている筈なのに、何だか今の私は珍しくやる気に満ち満ちている。
今日は寝る前に書類作成をして、久しぶりに納期に間に合う様に頑張ってみようかな。
レミリエルと魔法の国 しゃる @sharu09
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