第18話 匂い

「それで、貴方たちは何をしているので?」


「気になるならお嬢ちゃんも来いよ」


 リリーエ師匠の問いかけに、私の手を掴んでいた一人の男が近寄る。師匠の事も捕える気なのか、下衆な表情は増している。


 ちなみに、私も一人に両手を掴まれているため動けない。


「気になるので、行くとしましょう」


「さっきの子と違って物分りがいいな」


「ああ、あと貴方もいるのは勘弁なので」


「は?」


 瞬間、近付いてきた男にリリーエ師匠は杖を取り出し、炎を浴びせる。

 炎を浴びせられた男は、何が起こったのか分からずにその場に倒れ込んだ。


 私もその躊躇ない様子に、息を飲む。

 海賊さえも目を開いて動揺する中、リリーエ師匠だけが何時もと変わらない、私に向けている笑顔で佇んでいた。


「貴方、どうしてレミリエルの腕を掴んでいるんですか?」


「えっ、あ⋯⋯」、リリーエ師匠に指され、男は慌てた様に私の手を離した。良かった、開放された。


「どうして掴んでいたのか聞いてたんですけど」


「そのっ⋯⋯いや別に⋯⋯」


「別にじゃないんですよね。こっち聞いてるんですけど」


 リリーエ師匠は、問答無用で私の手を掴んでいた男に炎を浴びせた。

 男は呻き声を上げながら、私のすぐ横で倒れた。

 簡単に人を燃やしていく師匠を見て、一気に恐怖心が湧いた。足が震える。


「貴方たちも仲間ですか? グルでレミリエルを陥れようとしたんですか?」


「て、てめえっ⋯⋯よくも仲間を⋯⋯」


「答えてくれませんか?」


「っ⋯⋯」


 リリーエ師匠は、ほかの仲間の海賊達に問いかける。

 海賊たちは目の前で二人仲間をやられて、完全に気圧されている。

 けれどもリリーエ師匠は、笑顔を保ったまま海賊達に杖を向ける。


 何とかして止めないと、私は震える声で師匠に呼び掛ける。


「ししょ⋯⋯駄目です、そんな簡単に人を⋯⋯」


「レミリエル、危ないので下がっていてください」


「い、今だっ、いけぇぇえぇ!」


 リリーエ師匠が私との会話に気を取られている間、リーダ格と思われる男の掛け声で海賊達が一斉にリリーエ師匠に斬りかかった。


 結果は、言うまでもないだろう。

 師匠に斬りかかった全員が魔法によって地べたを這うことになった。

 倒れた海賊達は、苦痛の声もなく全員がただ静かに、眠るように倒れている。


 もしかしたら、死んでしまったのではないかとさえ思ってしまう。


 師匠は、ゆっくりと私に近寄り、頭を撫でる。

 助けられたはずなのに、何故か海賊に対する恐怖より師匠に対する恐怖が勝った。


「レミリエル、大丈夫でしたか?」


「い、いや⋯⋯今の師匠、怖いです⋯⋯」


「ちょ、レミリエル。何を言って」


「どうしてそんなに簡単に人を殺めることができるんですか!?」


 殺めたという確証はなかったが、どうしても呻き声ひとつ上げない彼らを見て、生きているとは思えなかった。

 私が声を張り上げると、師匠は嘆息をついた。


「レミリエル、誤解ですよ。あれは幻影魔法といって、実際に人を燃やしているわけではありません」


「え⋯⋯?」


「対象の相手に、幻を見さす魔法です。それで幻を見た彼らが、勝手に自分が燃えていると思い込んだショックで気絶したんです。どうやらレミリエルにもかかっていたようですね」


「ということは、ええと⋯⋯」


「珍しく察しが悪いですね。全員生きていますよ、なんなら無傷です」


 無傷と聞いて、リリーエ師匠が人を殺めていないと、心の底からホッとした。

 同時に、声を張り上げてしまったことに罪悪感を覚えた。

 師匠は私の好きな師匠のままだったのに、私が勝手に疑ってしまった⋯⋯。


「師匠、怒鳴ってしまってごめんなさい⋯⋯」


「まあ、勘違いしてしまうのは無理ないですから。レミリエル、暗い顔をしないでください」


「はい⋯⋯」


「ところで、さっきの方々は何だったんでしょうね?」


「え、分からないで攻撃したんですか? 海賊ですよ」


 リリーエ師匠は海賊と聞いて、「ええ!?」と大いに驚いて見せた。

 まるで、海賊に用事があったかのような表情に眉を寄せる。


「あの、何かあったんですか? まさか知り合いとかいて⋯⋯」


「いえいえ、実はこの海の見える街に旅行に来た理由がですね、海賊退治を依頼されたものですから」


 師匠の説明からすると、近年どうやら海賊たちが海辺を荒らし、観光客が寄り付かなくなってほとほと困った役所の方々は、魔法の名手(自称)のリリーエ師匠に海賊退治を依頼したそうだ。


 だから馬車がわざわざ無賃で迎えに来たり、特別待遇を受けていた訳だ。

「知らず知らずの内に海賊を壊滅させていたとは」、とリリーエ師匠は驚いていた。


 リリーエ師匠は直ぐに役所の人達に知らせに行き、戻ってくる頃には大量の報酬を抱えてほくほく顔で帰ってきた。


「レミリエル、今日はご馳走にしましょう。高級食材買いまくりましょう」


「はぁ⋯⋯ご馳走って、どうせ作るのは私ですよね」


「当たり前です。誰のおかげで飯が食えてると思ってるんですか」


「師匠だって私がいないとろくにご飯も作れないじゃないですか。私、そういうこと言う人嫌いです⋯⋯」


「え、嫌い? レミリエル?」


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


「レミリエル? 嫌い、嘘ですよね?」


「⋯⋯⋯⋯」


「返事して下さい! ねえ! 私が悪かったですから!」


 帰り、私たちはまた馬車で送って貰えることになった。

 あまり観光は出来なかったけれど、まあいい思い出に⋯⋯はならなかったな。捕まったし。


 というか、海賊と知らなかったのならどうして師匠はあそこまで手が早かったのか分からない。温厚な人だと思ってたから意外だ。


「師匠、海賊と知らずにどうしてあんなに手が早かったんですか?」


「え、弟子に触れられて腹立ちました」


「え」


「え?」


 正直、それだけの理由であの人数を相手に自ら攻撃を仕掛けるなんて、リスキー過ぎじゃないのかと思う。


 私のために怒ってくれたという事実は嬉しいんですけどね。もっと自分を大事にです。



「師匠、あの人数相手だと幾ら師匠でも不意をつかれたりしたら危なかったと思います。もっと自分の事を考えて下さい」


「そう言われましても、私は弟子第一優先ですので」


「でも、危険です」


「私はレミリエルの師匠ですよ? 私を倒せる方なんて私の師匠位の物ですよ」


 リリーエ師匠は自信たっぷりに言い放つ。

 その得意げな顔を見たら、妙に説得力が合って安心してしまう。結局、それ以上の事は言えなかった。


「あと弟子が一丁前に師匠の心配をするものではありません」


「うぐ⋯⋯以後気をつけます⋯⋯」


「まあ、心配してくれるのは嬉しいんですけどね」


 師匠はそう言うと、「疲れたでしょう? 家まで着くのにまだ時間がありますから、私の膝で眠ってもいいですよ?」と、自身の膝を小さな手でポンポンと叩いている。


 あの小さな手で、海賊達を薙ぎ倒したのかと思うと不思議な気分になる。


「膝枕ですか? 嫌ですよ、恥ずかしいです」


「まあまあそう言わずに。眠たいのは事実ですよね」


「まあ確かに少し眠たいかなって⋯⋯」


「じゃ、頭預けてください」


 仕方なく言われた通りに師匠の膝に、頭を乗せる。

 既に外は暗くなっていて、見上げた師匠の紫色の瞳が光っている。


やっぱり師匠、童顔ですよね。私と同じくらいに見える⋯⋯。


 少し気恥ずかしいけど、揺れが心地よくて⋯⋯あ、でも帰ったら海の食材でどうせなんか作らされる⋯⋯けど⋯⋯師匠の膝きもち⋯⋯。


 師匠の膝枕に完敗した私は、そのまますぐに眠りについた。


 気が付けば、師匠の匂いが安心してして眠れる匂いになるまで私は懐いてしまったのかもしれない。













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