第17話 海賊

 馬車に乗っている途中、色んな景色を見ることが出来た。


 山を降りて、皆が暮らしている街の風景、街を出て広がる草原、草原に住まう魔物たち。

 この世界にももう大分慣れたと思っていたが、私の知らない場所はまだまだあるみたいだ。


 ずっと山奥のリリーエ師匠の家と、魔法学校の行き来を繰り返している振り子の様な学生だったしな。


 え、ていうか家と学校の行き来しかしない学生ってヤバくないですか? たまにはハメ外してください、私。


 そういえば私、前の世界にいた時の趣味とかあっりましたっけ⋯⋯。

 読書は好きでしたけど、途中で「こんなの私でも書けますよ」って高を括っていたから、趣味とは言い難いし。

 植物を育てるのも一時期ハマっていましたけど、「一人の力で生きられないんですか? 馴れ合いはごめんです」、と謎に育てるのを放棄した事がありました。


 振り返ってみても趣味らしい趣味は無く、一人で勝手に嘆息をつく。


「はぁ⋯⋯」


「おや? 溜息なんてついてどうなされました?」


「そういえば私、趣味とかないなぁと思いまして。リリーエ師匠は何か趣味とかあるんですか?」


「趣味ですか。そうですね、大してお金を払ってないのに店員にデカい面をすることですね」



 私を気にかけてきたリリーエ師匠は、当たり前の様に言い放つ。「それ、今じゃないですか」、という突っ込みを何とか飲み込む。

 まさか自分の師匠がクレーマー気質だったとは、ショックだ。



「あの、他に趣味とかないんですか?」


「副業で如何に本職の給金を上回るか考える事とかですかね」


「え、副業してるんですか? ずっと一緒にいてしている所見たことないんですけど」


「アクリアさんやフレムさんみたいに、たまに子供が魔法を教わりにくるでしょう?」


「え、まさか⋯⋯」


「そこそこがっつりご両親からお金を取っていました」


 聞きたくなかった。無償で子供達に魔法を教える、優しい師匠だと思っていたのに。

 今日で、イメージしていた師匠像ががっつり崩壊しそうだ。


 確かに普段から自堕落で、いつも私に家事の類を任せてくるけど、でも根は優しい。

 そんな風に思っていた私の純情を返して欲しい。


「なんか師匠のイメージが大幅にダウンしました」


「えっ、なんでですか」


「なんででもです。というか何時海の見える街に着くんですか?」


「お客さん、もうすぐ海の見える街に着きますよ。ほら、海が見えて来ましたよ」


「レミリエルは私に聞いてきたので、先導さんが答えないで下さい」


「リリーエ師匠、先導さんで憂さ晴らししないで下さい」


 リリーエ師匠を窘めながら、荷台から外を見る。

 確かに、遠くに海が見えている。私が小さい頃家族で海に行ったきりだから、何年振りの海だろう。

 それに、水が沢山だなぁという感想しか湧いてこない。



「どうですか? レミリエル、海を見るのは初めてですか?」


「初めてではないですけど、まあ久しぶりですね」


「そうだ、後で私と砂浜で追いかけっこしませんか」


「それって恋人同士がきゃっきゃしてるやつでは?」


「ははは、お二人共お似合いですよ」


「あ、先導さん黙って下さい」


 ついうっかり先導さんにキツく当たってしまった。これでリリーエ師匠の事を言えなくなってしまった。

 そんな事を思っているうちに、馬車が止まった。

 どうやら目的地に到着したらしい。良かった、気まずくなる前に先導さんとお別れだ。


 私達は、馬車の荷台から降りて先導さんに別れを告げる。


「ありがとうございました」


「レミリエル、礼を言う必要はありませんよ」


 私が軽くお辞儀をするとリリーエ師匠から咎められた。先導さんは特に気に止める様子無く、馬車を走らせ去っていく。


「やっと行きやがりましたか」


「リリーエ師匠、先導さんに何か恨みでもあるんですか」


「客という立場を存分に使ってふんぞり返っているだけです」


「リリーエ師匠、自分がやられたら嫌とは思わないんですか?」


「咎め方が凡人ですね。レミリエル、何時もの天才肌はどこに行ったんですか?」


 なんかもう、やり取りが意味わからない。

 とりあえずこの話はもう触れないで、海を楽しもう。

 リリーエ師匠は何処か宛がある様で、歩き出す。



「リリーエ師匠、まずは何処に行くんですか?」


「役所に行きます。海の近くなので、レミリエルは海で遊んでいて下さい」


「役所ですか⋯⋯? いきなり旅行に行くと言っていた時から気になっていましたが、誰かにお呼ばれしているんですか?」


「まあ、少し」


 リリーエ師匠は何処か濁すように呟き、歩みを進める。どうにもいつもと違って、私の顔を見てくれない。


 気がかりな事が募りつつも、師匠の後ろをくっついて歩く。


 やがて、大きいが古びた役所と思われる建物の前で師匠は止まった。


「レミリエル私はここで少しやる事があるので、海で遊んでいて下さい」


「遊んでいてって⋯⋯私幾つだと⋯⋯」


「遊んでいて下さいね?」


 リリーエ師匠は私に有無を言わさないように、頭を撫でる。

 少し覇気の籠った口調に、逆らう事ができずに私は了承する。


 やがて役所に入っていくリリーエ師匠を見送り、私は一人役所の目の前の海に取り残される。

 海で遊べと言われても、特にやる事が思い浮かばず砂浜に座り込む。


「綺麗⋯⋯だけど何処か錆びれています」


 海は確かに綺麗だけど、海の家等の出店もないし、私以外の観光客もいない。

 海を独占していると言われればそうなんだけど、何処か物寂しさを感じる。


「あれ、何でしょう⋯⋯?」


 暫く砂浜に座り込んでいたら、海の向こうに船らしきものが見えた。

 徐々に船らしき物はそれが船だと目視できるほど近付いてきた。

 やがて砂浜で船が止まり、中から数十人程が一斉に降りてきた。皆柄の悪い男たちだ。


「おっ、珍しく人いるぞ」


「女だ、しかも若い。お前連れ込めよ」


「よっし、じゃあ行くか」


 その中の二人の柄悪い男達が、私を見つけて近付いてきた。

 なんというか、初対面ながらに不快感を感じる。


「ねえお嬢ちゃん、一人で砂浜で何してんの? 何、失恋?」


「ちょ、お前失恋は笑うわ。失礼過ぎだろ」


「⋯⋯⋯⋯」


 初対面にあるまじき軽率な絡み方をしてくる二人に、私は黙りを決め込む。

 それに片方の男は失礼だと言う割に、咎める気も感じられない。


「ねえ、なんで黙ってんの? 俺らの事怖い?」


「これだから海賊はモテねーんだよな」


 海賊。

 この世界には未だに海賊がいるのか。彼等の船を見ると、確かに船の帆には髑髏マークが刻まれている。

 この男達も、腰に短剣を携えていたりそれなりの武装をしている。


 もしかしたら、厄介なのに目をつけられたかもしれない。


「⋯⋯⋯⋯」


「おい、そろそろ黙り決め込むのもいい加減にしろよ」


「何してんだって聞いてんだよ」


「観光で、海を見に来ました⋯⋯」


 男達の苛立っている様子を見て仕方なく口を開く。


「へえ、観光かー。もっと海が綺麗に見える場所を教えてやるよ」


「もっと海が綺麗に見てる場所⋯⋯?」


「お前、そっち持て」


「おう」


 片方の男の合図で、二人は手馴れたように私の両腕を掴んだ。かなりの力で抵抗してもほどけそうにない。


「お嬢ちゃん、船の上から見た景色は最高だぜ。連れて行ってやるよ」


「あの、行く気ないので離してくれません?」


「連れてけ」


 まさかの問答無用で、そのまま強引に歩かされる。

 最悪な事に、両腕を掴まれているからローブの内に隠している杖を取り出せない。


 杖さえあれば、こんな奴ら秒なんですけどね⋯⋯。


 そのまま海賊の船の手前まで連れてこられると、私は本気で焦りを感じてきた。

 大体、彼等の面持ちを見たら何をしようとしてきているのか分かる。下衆な面持ちだ。


「ちょ! マジで離してください。このまま船に私を乗せたらどうなるか分かってるんですか!?」


「魔法でも使って暴れてみせるか? まあ今は両腕を塞がれているからできないだろうけど」


「え」


 魔法使いらしいローブを着ていたせいか、海賊たちに魔法使いだと見抜かれてしまっていた。

 そして「ここに杖が大体入ってるんだよな」、とローブの内ポケットに入れていた杖を取り上げられてしまった。


 伊達に悪さをしていないのか、魔法使いの扱いには慣れているみたいだ。


 不味い、本格的にヤバい。抵抗する手段が一切なくなってしまった。

 力を込めてみても、それ以上の力で抑えられているからビクともしない。


「なんか抵抗してね?」


「無駄な力使うなよ。この後もたねえぞ」


「ちょ、本当にやめてくださ⋯⋯」


「レミリエル、何してるんですか?」


 私の声に被さるように、リリーエ師匠が砂浜に現れた。一気に全身に安堵が広まる。


「師匠、助けて下さい⋯⋯。捕まっちゃいました⋯⋯」


「はい」


 師匠の返事は簡潔明瞭。

 ただ、私でも気圧されてしまうくらいに威圧を含んでいた。

 師匠の手には杖が握られている、魔法で蹴散らす気なのか。


 今まで師匠が戦っているところを見た事が無かった私は、これからの展開を思いゴクリと生唾を飲んだ。

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