第16話 海の見える街
「レミリエル、旅行に行きましょう」
「はい?」
空も晴れて、風が気持ちいい。
そんな清々しいの朝、リリーエ師匠は私に突拍子も無い提案をしてきた。
先日の職業体験の疲れからか、私は今日珍しく寝坊をしてしまった。慌てて二階の寝室から一階へと駆け下りると、そこには何故か荷造りをしているリリーエ師匠が居た。
「師匠⋯⋯何してるんですか? 寝坊した私が言うのもなんですが、悠長なことをしてたら遅刻してしまいますよ?」
「ああ、その事ですが。レミリエル、旅行に行きましょう」
「はい?」
そして、今に至る。
ちなみに今日は、普通に私は学校だし師匠は先生として出勤だ。だからこそ私はリリーエ師匠が何を言っているのかがよく分からなかった。
「ですから、旅行ですよ。これから海の見える街に行きます」
「あの、バカンス気分なところ申し訳ないのですが、今日は私達学校で⋯⋯」
「それなら事前に連絡しておきました。レミリエルは暫く休み扱いです」
「マジですか。私の意思とは」
何故か私の意思が亡き者にされ、勝手にしばらくの休学が決まっていた。
この魔法の国に、海の見える街なんてあったのか。いや、まあそれは流石にあるか。
どういう意図での旅行かは知らないが、どうせ行くなら楽しもう。
「リリーエ師匠、海の見える街のパンフレットとかないんですか?」
「おやおや、意外と乗り気ですね。まああることはありますが」
「行くことが決定しているのなら、楽しんだ方が賢明ですから」
私はリリーエ師匠からパンフレットを受け取った。そこそこ厚みがあって、読み応えがありそうだ。
パラパラと頁をめくると、綺麗な海と砂浜が載っている。読んでみて気付いたが、載っている写真は全て色褪せていてどこか、古めかしさを感じる。
「このパンフレット⋯⋯何時のものですか?」
「さあ、確か三年ほど前ですね。ちなみにそれが最新ですよ」
「えっっ」
こういうのって毎年季節で新しくなると思っていたけど、違うんでしょうか。それともパンフレットを新しくする経費が無いほど、海の見える街が経営不振だとか。
「リリーエ師匠、今から行く街って結構栄えてるんですか?」
「数年前までは観光収入がそこそこあったみたいですけど、今ではすっかり廃れてしまいました」
「ええ⋯⋯何があったんですか。その街」
私の問いかけにリリーエ師匠は、「それは行ってからのお楽しみです」、と勿体つける。
いや全然お楽しみな内容じゃないんですが。街が廃れた理由を、「現地でのお楽しみです」、扱いするのヤバくないですか。
心の中で突っ込みをいれつつも、私の手はパンフレットをめくる。
色褪せてはいるが、載っている写真はどれも綺麗で、とても廃れる理由が思い浮かばない。
目新しいものがなくても、暑くなれば人は自然とこの街に集まるだろうし。
「ほらレミリエル、そろそろ馬車が来るので行きますよ」
「え、馬車で行くんですか? ホウキで飛んで行った方がずっと早いのでは⋯⋯」
「今回は馬車が無料で送迎してくれるので。それに旅行気分でいいじゃないですか」
最後にリリーエ師匠は、「それに遠方への馬車代って結構するんですよ」、と付け加えた。
要するに、無賃で馬車に乗りたいだけなんだろう。
というか、何故無賃で馬車に乗れるんだろうか。先程から妙にリリーエ師匠の言動に引っかかる所がある。
何か分け合っての旅行なんでしょうか⋯⋯。
「表に馬車が来ていると思うので、行きましょう」
「あ、家まで来てくれてる感じですか?」
「ふふふ、私を誰だと思ってるんですか。馬車を特注するくらい造作もないですよ」
リリーエ師匠はしたり顔で玄関の扉を開ける。
確かに、玄関を開けると直ぐに待機してある馬車があった。
「おはようございます。本日はよろしくお願いします。ちなみに待ちました?」
「二時間ほど待ちました。本日はよろしくお願いします」
リリーエ師匠は馬車の先導さんに挨拶をして荷台に乗り込む。そこそこお年を召されたお爺さんだ。
私も軽く先導さんに、「よろしくお願いします」、と挨拶をして荷台に乗る。
「本日はどちらまで行かれますか?」
「言わなくてもわかるでしょう? 海の見える街です。いちいち言わせないで下さい」
「すみません⋯⋯」
リリーエ師匠は先導さんにキツイ言葉を放つ。
私が「え? 当たり強くないですか?」と師匠に問うと、「今日は強く出られる日なので」、と当たり前のように言う。
一体強く出られる日とは。馬車がわざわざ迎えに来ているあたり、特別な用事でお呼ばれしているのではないか、という説が脳裏に浮かぶ。
「それでは、発車しまーす」
「はい、早くしてください。急いでいるんですよ」
「ちょ、師匠⋯⋯マジで何様のつもりなんですか」
私は先導さんに毒を吐く師匠を咎める。
悪びれる様子もない師匠を他所に、馬車は先導さんの合図と共に海の見える街へと走り始めた。
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