第15話 友達になりたかった

「おねーちゃん! 炎魔法教えて!」


「いい? 今日は私達の事はおねーちゃんじゃなくて先生と呼ぶのよ。ね? レミリエル先生?」


「ああ、そうですね⋯⋯」


 おねーちゃん呼びの生徒を窘め、「先生」呼びを強調するシルバーネさん。

 恐らく束の間の教師疑似体験に思いを馳せてるんだろう。



「シルバーネさん、子供に魔法を教えるのは得意ですか?」


「こら、シルバーネ先生と呼びなさい。そうね、よく実家の近くの子供達に教えていたわ」


「その手腕、子供達に見せてやって下さい」


 シルバーネさんは相当自信ありな様だったので、子供達への魔法の説明は任せる事にした。

 私は、勉強の為にもシルバーネさ⋯⋯、シルバーネ先生の教え方を観察する。



「いい? 炎魔法って言うのはね、自分の魔力を熱く、滾らせるようにして放つものなの。まずはこれを見てもらうわ」


 シルバーネさんは、自らの杖の先に、ライター程度の小さな炎を灯す。

 それでも炎というだけで生徒達、主に男子から熱烈な歓声が飛ぶ。



「すげー! 炎だ!」


「アレで寒い時とか暖まれるんだろ!? カッケー」



 寒い時暖まれるのはカッコイイんでしょうか⋯⋯。


 心の中で突っ込みをしつつも、明確に炎魔法がどういうものか、先に提示してみせるやり方に感心する。

 近所の子供たちに教えていたのは伊達じゃないみたいだ。



「いい? コツは今まであった嫌な事を思い出して、ムカムカとした気持ちで魔力を放つことよ。さあ、やってみて」


「分かった!! 宿題多すぎる、家に帰ってからの学生の都合舐めんな!」


「えっと⋯⋯お母さんと喧嘩した! 私悪くないのに!」


「アイツが憎いアイツが憎い⋯⋯」



 シルバーネさんの言う、腹の立つエピソードを思い出せというのはきっと炎魔法が、感情を昂らせて魔力の質を変えるのが一番やりやすいやり方だからだろう。

 成程、確かに子供にも分かりやすい教え方だ。

 現に子供たちは不満を声に出して、感情を激しく昂らせている。

 たまに、子供らしからぬ闇の深そうな声が聞こえてくるけど⋯⋯。



「わっ! 炎出た!」


「凄いじゃない! 後は何時でもそれが出せるようにしておく事ね」


 宿題が多いことに嘆いていた子供の杖先から、小さな炎が灯る。

 シルバーネさんが、良くやったと子供の頭を撫でると、次々と子供たちの杖に炎が灯り始めた。




「え、皆コツ掴むの早いわね⋯⋯。まさか私の教えが良いせいなの!?」


「シルバーネさ⋯⋯、シルバーネ先生の例えが分かりやすかったんじゃないですか?」


「どうやらそのようね!」



 シルバーネさんがしたり顔を浮かべる中、一人だけ上手くいっていない子供を見つけた。



「どうされたんですか? 上手くいきませんか?」


「あっ、先生⋯⋯。僕だけ全然炎が出なくて⋯⋯」


「んームカムカする事、何かないですか?」


「お父さんもお母さんも優しいし⋯⋯、学校の皆も優しいから全然無くて⋯⋯」


 そう言って落ち込む少年。

 めちゃくちゃに良い子な少年の発言に、私は少し胸が痛む。

 この子だけ出来ないなんておかしい、こんなに良い子なのに、別の方法があるはずだ。


 リリーエ先生からの受け売りの、それぞれに適したやり方があるという事を思い返す。


 感情が昂るのは、なにも腹が立った時だけではない。嬉しい時、悲しい時、なりたい自分を見つけた時、多様にある。



「君は、将来何になりたいんですか?」


「僕は⋯⋯、将来魔物をやっつける魔法使いになりたい」


「魔物退治を生業とする職ですか⋯⋯。なれたらカッコイイですよね」


「でしょ! みんなを護って、名誉を得て、たくさんのお給金が入る!」


 少年は昂った様子で私に熱弁する。

 ちなみに熱弁された動機は全然子供らしくない。


「じゃ、じゃあ⋯⋯その理想の姿になっている所を想像してみて下さい」


「理想の姿⋯⋯理想の姿⋯⋯」


「沢山の魔法を覚えられれば、魔物退治も夢じゃありませんね」


 少年は私の促しに、自分のなりたい姿を想像しだした。

 私は、理想の姿を想像する少年に現実的な理想への一歩を提示する。



「魔法を覚えれば⋯⋯魔物にだって負けない」


「そうですね。どんな魔法が使えるようになりたいですか?」


「強い魔法! とにかく、魔物がやっつけられるやつ!」


 少年は、「よし! 魔法の勉強頑張るぞ!」、とやる気に満ち溢れて、大変興奮している。

 私も教師になりたいと思った時、凄く胸が昂りました。苛立ちとは違う、前向きな気持ちです。


「さあ、その気持ちのまま杖を振るって見て下さい」


「うん!!」


 少年が勢い良く杖を振るうと、小さな炎が灯った。私の思惑通りだ。



「わっ、できた! 別にイライラしてないのに、なんで⋯⋯?」


「なりたい自分を見つけた時って、凄く気持ちが昂るじゃないですか。そのせいです」


「確かに、凄くワクワクしてた」


「ですよね。これからも魔法の勉強頑張って下さいね、応援していますよ」


 私は、少年の頭を撫でる。

 初めの魔法が使えなくて自信がなかった時よりも、ずっといい顔をしている。



「レミリエル先生、これで全員炎魔法が使えたわね」


「そのようですね。役目は終えたことですし、一度リリーエ先生の所に行きましょう」



 私とシルバーネさんは、教室を後にしてリリーエ先生の元へ向かう。

 シルバーネさんは、子供達と別れるのが名残惜しいようで、「また来るからね!! 来てやるんだからね!」と去り際に捨て台詞を吐いていた。



「子供達、全員炎魔法使えるようになりました」


「お疲れ様です。子供たちに怪我はありませんか?」


「勿論です! 私達が傍で見ていたので、問題はないわ!」


「ふふふ、なんだか楽しかったみたいで何よりです。それでは今日は解散です、お疲れ様でした」


 テンションの高いシルバーネさんに微笑みつつも、リリーエ先生はあっさりと解散発言をした。

 何時もなら私は、リリーエ先生のホウキの後ろに乗って帰っていたが、今日は珍しく予備のホウキを貸すから先に帰っている様に伝えられた。何やらまだ仕事が溜まっているらしい。


 校門前まで来て、シルバーネさんは何やらモジモジし始めた。トイレでも我慢していたのか。




「あのー私先に帰ってますから、トイレなら行ってきてください」


「いや、その、違くて。今日⋯⋯一緒に帰らない?」


「一緒にですか? 構いませんが、珍しいですね」


「今のレミリエルとはあんまり話した事ないし、話してみたいなって」


 言い出しにくかったのか、シルバーネさんは頬を染めて照れた表情をしている。

 私の知らない所もあるが、以前の関係値からして誘いにくかったんだろう。



「構いませんよ、方向違うから少ししか一緒に帰れないですけど」


「本当!? 全然いいわ、ありがとう!」



 私達は各々のホウキに乗り、飛行する。

 飛びながら、今日の体験についてシルバーネさんと語らう。


「いや、シルバーネさん教えるの上手いですよね。子供心が分かっているというか⋯⋯」


「そ、そう? 照れるわね⋯⋯。でもレミリエルだって、あの子に教えられてたじゃない」


「無事に炎魔法が使えるようになってくれて良かったです⋯⋯」



 シルバーネさんは私を横目に、「意外だったわ」、と呟く。前髪がかかる緋色の瞳には、何やら思う所があるようにも見えた。



「どうしても昔のイメージで、出来ない子に辛く当たると思ってた」


「私も、昔だったらそうしていたのかなと思います」


「だから、その子にあったやり方を考えてあげてたの、ビックリした」


「そう、ですか」



 シルバーネさんの声色からは、嘘を言っているように思えない。それだけ昔の私のイメージが強かったんだろう。

 そして、そろそろお別れの時間だ。私達は別方向へと別れなきゃ行けない。



「そろそろですね」


「うん、あのさ」


「何でしょう」


「空いてる日、今度教えなさいよ」



 空いている日を伝えろと言ってくるシルバーネさんに、首を傾げる。



「とっておきの魔法教えてって言ったじゃない! だから、今度空いてる日教えなさいよね!」


「覚えててくれたんですね。ありがとうございます、明日にでもお伝えしますね」


 シルバーネさんは私の返答に満足した様で、「じゃあね! ちゃんと教えなさいよ!」、と念を押したがら去っていった。


 一人、私は空の上に取り残される。

 初めは、敵意をむき出しにしてくる印象敷かなかったが、終わってみれば案外顔に出る、分かりやすい人だったな。


 そして、真っ直ぐな人だった。違うと思ったら謝れるし、人に優しくすることも出来る。



 本当に、シルバーネさんの印象変わっちゃいました⋯⋯。


 自分の力に慢心する事がなかったら、もしかしたら友達になれていたのかもなんて妄想してしまう。


 私の脳内に、「空いてる日教えなさいよ!」、というシルバーネさんの声が響く。



「次魔法教えてもらう時、友達になりたいな」


 発するつもりのなかった言葉が漏れる。

 そうか、私はシルバーネさんと友達になりたかったのか。

 でも明日からはまた、シルバーネさんの友達もいるし、話す機会がなくなってしまう事に少し不安を覚える。


 誰かと関わり合いたいと思わなかった私に、言葉に現せない苦い感情が胸奥に募る。


「でも、まだ話せる機会はあるんですよね」


 私は、シルバーネさんに魔法を教えてもらえる事を楽しみにしながら、家までホウキを飛ばした。


 あわよくば、友達になれならなんて淡い期待を胸に抱きながら。





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