第14話 シルバーネの謝罪

 しばらくの硬直の後に、シルバーネさんは私に質問攻めの雨嵐を降らせた。


「記憶喪失ってなに!? いつから無いの!? てか私の事分かってる!?」


「ちょっ⋯⋯落ち着いて」


 端とはいえ、職員室なので大きな声は出してはいけない、とシルバーネさんを窘める。


「そうね⋯⋯。すまわなかったわ、流石に驚いて」


「まあ、それは驚くでしょうね」


「で、いつから記憶が無いの? あ、いや待って当てさせて」


「記憶喪失の人間に、当てさせて出来る人初めて見ました」


 言い終えた後に、シルバーネさんが人間ではなく吸血鬼だと言うことを思い出す。

 淡い銀色の髪にツインテール、緋色の瞳、色合いは吸血鬼っぽいが、人間らしい容姿だ。


 シルバーネさんは、「うーん」、と唸りながら典型的な考え込むポーズをする。

 やがて、「あ」、と何かに気付いた様に青ざめた顔をする。



「もしかして⋯⋯私にあの建物何ですか、とか聞いてきた時?」


「あっ! その時です」


 この世界に来たばかりの頃、お城のような見た目をした建物が、魔法学校と分からずにシルバーネさんに聞いたんだった。



「てことは⋯⋯試験の時も⋯⋯」


「はい?」


 シルバーネさんは、如何にも「やってしまった」、という表情をしている。どうしたんだろうか。


「私がアンタに魔法勝負を仕掛けた時、記憶なかったの?」


「綺麗さっぱりでした」


「ごめんなさい!!」


 シルバーネさんは、物凄い気負いで私に頭を下げた。下げすぎて机に頭が当たり、鈍い音が鳴る。


「あの、大丈夫ですか? 結構痛そうな音しましたけど」


「それはこっちの台詞よ! お腹大丈夫!?」


 シルバーネさんは、何故か私の腹部の心配をしてくる。

 もしかしたら、何発も魔力の弾を腹部に当ててきた事を謝罪しているのか。


「記憶がなかったって事は、レミリエルにとっては何も分からないまま、理不尽な言い分で痛い目見させられたって事でしょ?」


「まあ、そうですけど。前の私が随分ご迷惑をかけた様なので⋯⋯」



 それに私自身も調子に乗っていたため、気付かされる事もあったしいい制裁になったと思う。

 やばい、我ながら思考が聖人だ。



「私が嫌いなのは記憶を無くす前のアイツで、今のレミリエルじゃないわ」


「それなら良いんですけど⋯⋯」



 私が言うのなら分かるけど、他人からしたらどれも同じレミリエル何じゃないんだろうか。


 ただ、分けて考えてもらえる事なんて無かったから、私自身を見て貰えている気がして嬉しかった。


「ごめんなさいレミリエル⋯⋯」


「もう気にしないで⋯⋯あ、なら取っておきの魔法をひとつ教えて下さい。それで手を打ちましょう」


 私の提案に、シルバーネさんは首を傾ける。

「もう気にしないで下さい」、と言いかけたがどうせなら良い思いをしよう。という私の底意地の悪い精神が露呈する。




「それで許してくれるなら気は楽だけど⋯⋯。じゃあ今度放課後、空いている日にとっておきの魔法を教えるわ。あ、でもレミリエル知ってそう⋯⋯」


「魔法も綺麗さっぱりなので、教えてくれると助かります」


「え、魔法の使い方も忘れてるの!? てことは私、抵抗できない人間に攻撃を⋯⋯」



 そういった意図で言ったつもりでは無かったが、シルバーネさんは酷く落ち込む。

 どうしたものかと困っていたら、リリーエ先生が私達の様子を見に来た。



「その後の進捗はどうですか?」


「完璧に進んでいます」


「その割には貴女たちの紙、白紙では?」


「頭の中では完成系に近いものが出来ているので、後は書き出すだけです」


「お喋りも程々にして、今日中には終わらせてくださいね」



 リリーエ先生は軽く私を指摘した後、「昼寝でもしますかね⋯⋯」、と小さく呟いてふらふらと何処かへと消えて行った。仕事をしろ。



「という事で、試験問題作っちゃいましょうか」


「そうね! 私に任せなさい!」


「じゃあ百点満点で、五十点分はシルバーネさんに任せます」


「ふふふ、絶対に一点も取らせないわよ」


 悪意ある出題者・シルバーネさんは、次から次へと難問を選択する。

 ちなみに私は、シルバーネさんが難問ばかり選ぶので、釣り合いの取れるように簡単な基礎問題だけを試験問題に適用する。



「できたわ! レミリエル、見てみなさい!」


「うわ⋯⋯こんなの皆さん解けませんよ。鬼ですね」


「解けないくらいが丁度いいのよ」



 シルバーネさんの謎理論に、「何ですかそれ」、と返しつつ、簡単な問題ばかりにしておいて良かったと安堵する。

 出題形式としてはアンバランスだが、難易度は並程度になっただろう。


 ちなみに完成品をリリーエ先生に見せに行こうとしたが、何処にいるか分からずに渡せなかった。

 多分、絶対に見つからないであろう場所で一人、昼寝を楽しんでいるんだろう。


 そんな私たちを見かねた他の教職員さんが、「そろそろお昼に行っていいよ」、との事で休憩室で食事をとる事にした。



「そういえばレミリエルと食事を摂るなんて始めてね」


「私も記憶上初めてです。というか、魔法学校で誰かと昼食を食べる事自体初めです⋯⋯」


「こ、これからは一緒に食べましょ? ね?」


 誰が見ても明白な程、シルバーネさんは私に気を遣っていた。

 なので「同情なら結構です」、と言いつつ、バスケットからサンドイッチを取り出す。



「それ、自分で作ったの? レミリエル偉いわね」


「え、そうですが⋯⋯。シルバーネさんも寮で暮らしですよね? お昼はどうしているんですか?」


「私は基本買うわ、朝作る時間なんて無いもの。いつもギリギリよ」


 そう言い放って、シルバーネさんは赤い液体が並々に入った瓶を取り出した。まさか血液⋯⋯?


 確かに夜行性である吸血鬼に、朝早く学校に来なきゃいけない上に、昼食まで作って来いとは酷かもしれない。


 そんなことを思いながら、私はサンドイッチをかじる。ハムの入った卵サンドだ、我ながら美味しくできた。



「レミリエルのそれ⋯⋯美味しそうじゃない」


「今日は自信作なので、良かったら一つ食べますか?」


 物欲しげに見つめるシルバーネさんに、私は卵サンドを手渡す。

 私からサンドイッチを受けると、シルバーネさんは大口でかじる。何か違和感を感じる。



「あ、そういえば私血液しか食べられないんだった」


「でしょうね。身体に害があるならすぐにペッして下さい」


 結局シルバーネさんはサンドイッチを食べずに、申し訳なさそうに私に謝罪の言葉を述べる。


「ごめんなさい⋯⋯せっかくくれたのに食べられなくて」


「いえ、私も気が利かなかったですから。お気になさらずに」


 項垂れるシルバーネさんを軽く励ましていると、リリーエ先生が来た。寝癖がついているところを見るとさっきまで寝ていたのだろう。


「二人とも、試験問題は作れましたか?」


「どうぞ、あと寝癖ついてますよ」


 私は寝癖を指摘しながら、リリーエ先生に作成した試験問題を手渡す。

 リリーエ先生は、目を細めながら試験問題に目を通す。こういう所は真面目なんだな。


「何と言うか⋯⋯凄く問題が二極化していて個性が出ていると思います」


「二極化、というと中間が無いということでしょうか、訂正箇所を教えて頂けたら別の問題を考えますよ」


「あ、それは面倒くさいので結構です。次も控えていますし」


 前言撤回、全然真面目じゃなかった、ただの出不精だった。

 シルバーネさんが、「次? これで終わりじゃないんですか?」、と首を傾げると、「はい、次はもっと実践的ですよ」、とリリーエ先生は微笑む。




「実践的って何をするんですか!! やる気と実力はあります!」


「シルバーネさん、意欲的かついい質問 です。次は下級生相手に魔法を教えてもらいます」


「おお! めっちゃ先生っぽいじゃないですか!」


「ふふふ、そうでしょう」



 私の横でシルバーネさんが大喜びをしている。本当に、教師という職業に憧れているのが伝わる。

 今度どうして教師になりたいのか聞いてみよう。


「という事で、下級生の教室へ向かいますよ」


「はい!」


「はーい」


 シルバーネさんの気合いの入った返事と、私の間の抜けた返事が対照的に響く。

 リリーエ先生に着いていき、私達は下級生達のいる教室へと辿り着く。


「ここです。失礼しまーす」


「失礼するわ!!」


「失礼します⋯⋯」


 リリーエ先生は、下級生の教室の扉を開いて入室する。

 私達も後に続いて入室する。


「レミリエル、ちっちゃい子達よ」


「ええ、ちっちゃい子達ですねぇ」


 教室にいたのは十歳程度、私の唯一の友達、フレムさんとアクリアさんくらいのエルフの子供達だった。一気に私達への視線が集まる。

 シルバーネさんは、高揚した声で私に耳打ちをしてくる。さては子供好きだな。



「皆さんこんにちは。午後からの授業はこの二人がカッコイイ炎魔法の使い方を教えてくれますよ」


「え!! 炎魔法教えてくれるの!?」


「やったあ! 炎魔法だ」


「ちょっと男子騒ぎ過ぎ〜」


 この年齢から、「ちょっと男子〜」、あるとは驚きだ。

 というかこの教室は男女共学なのか。

 私の所は皆女子ばかりだ、性別判定不可能な獣人等もいるから私が気付いてないだけかもしれないが。



「じゃあ私は退散しますので、二人で仲良く教えて上げて下さい。後、炎魔法と言っても高火力の魔法は教えてはいけませんよ」


「え、何処か行っちゃうんですか」


「まだ昼食を摂っていなかったので、食べてきます」


 リリーエ先生はそれだけ言い残して、教室から出ていってしまった。


 教室には、私とシルバーネさん、それと期待の眼差しを向けるエルフの子供達だけが残った。




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