第13話 地獄の職業体験当日
職業体験当日の朝、私はシルバーネさんと二人きりが嫌すぎて、珍しくというか初めて、リリーエ師匠に駄々をこねていた。
「うう〜、今日の職業体験休みます⋯⋯。これは決定事項です」
「レミリエル、職業体験は確かに名目こそ立派ですが、意外と大した仕事を任されたりはしないです。あくまで学生にやらせる程度の接待お仕事です」
リリーエ師匠は、教師でありながら遠回しに「そんなに身にならない」、とでも言いたげな様子でした。
「だったら休んでいいですか⋯⋯?」
「でも、先生になりたいんだったら何事も逃げてばかりでは駄目です。大丈夫です、今のレミリエルならシルバーネさんとも仲良くなれますよ」
シルバーネさんと二人きりが嫌だとか、口に出していないのに、リリーエ師匠はまるで私の心を見透かしている様な素振りだ。
前向きな言葉を投げかけてもらった私だが、それでも職業体験に行く気にはなれなかった。
「それでも私は今日はお休みします」
「教師を目指すのなら甘えは許されませんよ。行かないのなら私の授業の単位を全て取り下げます」
「⋯⋯⋯⋯それはズルいです」
結局、単位に敗北した私は師匠のホウキの後ろに跨り、渋々職業体験へ行く事にした。
「むぅ⋯⋯⋯⋯」
「レミリエル、何時まで頬を膨らませて拗ねているんですか。何時もの可愛い顔を見せてください」
「別に、元からこの顔です」
「困った弟子ですねぇ、ほら着きましたよ」
私と師匠は、校門前でホウキを降りて校内へと入る。いつも通り、ここで師匠とは一旦お別れだ。
「では、私は職員室に行ってきます。レミリエルも、頑張ってくださいね」
「ここまで来てしまったのなら、後は生きて帰るのみです」
「職業体験に行く並の人間の覚悟じゃないですね」
リリーエ師匠と別れた後、魔法学校希望の生徒は何時も使っている教室集合になっているため、鬱々とした気持ちで教室へと向かう。
教室の扉を開けると、もう既にシルバーネさんが来ていて着席している。
私は意を決して、挨拶してみる事にした。
「お、おはようございます」
「⋯⋯⋯⋯」
シルバーネさんからの返事はない。少なくとも私ではなく、別の何処かを見つめている緋色の瞳からは、何を考えているのか読み取ることが出来ない。
完全に無視されたと思ったが、しばらくの静寂の後小さく、「おはよ」、と返ってきた。
「いや、一体何の間なんですか⋯⋯」、思わず心の声を口に出してしまった。
「は!? べ、別に良いじゃない! 悪い?」
予想外にも、私の言葉にシルバーネさんはとても動揺している様に見えた。
何と言うか、都合が悪そう顔で此方を見ている。
ただお互いそれ以上の言葉を発する事無く、しばらくの間無言の時間が続く。
次に口を開いたのは、私が静寂に耐えかねて持参した小説を取り出そうとした時だった。
「ねえ、何で魔法学校の職業体験選んだの?」
「えっと。私の将来の夢、魔法学校の教師だからです」、突然話しかけられた事に戸惑いつつも答える。
「教師!? アンタが!? いやいや、柄じゃないでしょ⋯⋯」
シルバーネさんは、大袈裟に驚いたような素振りを見せる。彼女のツインテールがユサユサと揺れている。
「まあ、私もそう思います⋯⋯。シルバーネさんこそ何故、魔法学校を希望したんですか?」
「いや、私も教師になりたかったから⋯⋯。ア、アンタと被るなんて最悪よ!」
シルバーネさんは、自分の夢を打ち明けてくれたかと思いきや、直ぐに私には敵意を向けてきた。
早々にして最悪発言、良くない雰囲気だ。
あまり彼女を刺激しないように、私は愛想笑いを浮べておく。
「アンタ、雰囲気変わった?」
「はい?」
「絶対今の笑ってなかったでしょ、アンタ愛想笑いとかしないタイプだし変だなって。教師になりたいっていうのも引っかかるし」
「まあ、少しは変わったかもしれません」
シルバーネさんは、「へえ」、と呟く。
自分から聞いておいて、もっと言うことは無いんだろうか。
いや、私の事嫌いみたいだし話せているだけまだ良いか。
また話題が尽きて無言の時間が訪れた時、救世主のごとく、リリーエ師匠が私達の教室に入ってきた。
「もう二人共揃っていますね。遅くなりました、魔法学校希望の生徒達担当のリリーエです。今日は一日、私達と同じ仕事をして教師というものがどういう職種が知ってもらいますよ」
「は、はいっ! よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします⋯⋯師匠、担当だったんですか?」
「ええ、今朝他の職員から言われるまですっかり忘れていました。後レミリエル、ここでは私の事は師匠ではなく、先生と言って下さい」
シルバーネさんへ、距離を感じさせないための配慮なのか。私はリリーエ師匠の提案を素直に飲んだ。
そして、私の横でシルバーネさんはとても緊張している様子だ。よく分からないがプルプルと震えている。
「さっ、職員室に行くので付いてきてください」
「は、はい! 行くわよレミリエル!」
「あ、はい⋯⋯」
シルバーネさんの異様なテンションに困惑しつつも、私達二人はリリーエ先生の後ろを着いて歩く。
やがて、職員室前まで着いた。
「入りましょうか」
「し、失礼しまっ⋯⋯」、職員室に入ろうとするシルバーネさんを、リリーエ先生は「ストップ」と、静止する。
「今日はお二人共先生の仲間入りなので、もっと堂々と入ってみて下さい」
私達は、言われた通りに各々が思う堂々で、職員室へと入る。
「分かりました。失礼する!!」、これがシルバーネさん。
「うっす⋯⋯」、そしてこちらが私。
シルバーネさん、武士かな?
流石にリリーエ先生も違和感を覚えた様で、私達二人に声を掛ける。
「あの、シルバーネさん⋯⋯堂々とは言いましたが、次からはもう少し自然体で入って下さい」
「すみません⋯⋯。以後気を付けます」
「あとレミリエルも、うっすはちょっとどうかと思いますよ」
「うっす、気を付けます」
珍しく嘆息を漏したリリーエ先生は、端の方に、明らかに二人分用意されたであろう、机付きの椅子に座るように促す。
「今日はこの机が貴女たち二人の作業場所で、ここでお仕事をして貰います」
私達が各々の椅子に座ると、職員室にいる周りの教職員の方々から声を掛けられる。
「おや、随分若い先生達ね。リリーエ先生、若いっていいですよねぇ。羨ましいわぁ」
「黙れ下さい。私もまだ二十代なので若者で通用します、貴女と一緒にしないで下さい」
少しお年を召した先生の発言に、リリーエ先生は苛立ちを見せる。というか、初めて不機嫌な所を見たかもしれない。なんというか⋯⋯。
「怖い⋯⋯」
「えっ!? レミリエル、違うんですよ。別に怒ってる訳じゃなくて、これは大人同士の付き合いというやつで⋯⋯」
どうやら声に出ていたようで、リリーエ先生は都合が悪そうに、慌てて弁明に入る。
何でだろう、私に不機嫌な姿を見せたくないんだろうか。
「リリーエ先生、そんな事よりも若い先生二人に仕事を割り振りしてあげて」
「コホン、そうでした。今から私が言う魔導書の指定した範囲分から、試験問題を作ってください」
リリーエ先生はわざとらしく咳払いをした後、魔導書の範囲分を私達に伝える。
恐らく範囲量からすると、小テスト的なものだろう。
「何か分からない点や質問はありますか?」
「質問です! どのくらいの難易度で作れば良いでしょうか」、シルバーネさんが挙手をする。
「お任せします」
「リリーエ先生、試験問題は何点満点で作れば良いですか?」
「全てお任せします」
リリーエ先生のお任せ発言に、シルバーネさんは、「試されているんだわ」、と都合のいい美化された解釈をしていた。
ちなみに私は先生が、単純に考えるのを面倒臭がってるだけなのを知っていた。
「では今日中にお願いしますね。テスト問題作るの時間かかるから面倒くさかったですけど、お二人がいて本当に助かります」
リリーエ先生は普通に本音を吐き捨てた後に、「できたら教えて下さい」、と自分の机へと去っていった。
職員室の端で、私達はまた実質二人きりのような空間に陥る。
横目で、隣に座っているシルバーネさんを見る。
「リリーエ先生でも苦戦する程の仕事を私達に!? きっと期待されているんだわ⋯⋯」
シルバーネさんは、緋色の瞳を輝かせて盛大なる勘違いをされていた。
今日ずっと思っていた事だが。
シルバーネさんはリリーエ先生の前だと、極端に緊張した素振りを見せたり、行動が美化されていたりする事から、もしかしたら。
「もしかしてシルバーネさんって、リリーエ先生に憧れているんですか?」
「な、何? 憧れていちゃ駄目だって言いたいの?」
「そういう訳じゃ無いですけど⋯⋯。良ければ何処にどう憧れたのか教えてくれませんか?」
ただ単純に、私の師匠がシルバーネさんの目にどう映っているのかが気になった。
シルバーネさんは特に勿体ぶる様子もなく、語ってくれた。
「それはリリーエ先生が最高にカッコイイからに決まってるじゃない! 校内にドラゴンが侵入した時、あっと言う間にぶちのめしてたの、アンタも見たでしょ?」
「え⋯⋯ドラゴンですか?」
「いやアンタもその時いたじゃない! それで教わるなら強い人、とか言ってリリーエ先生に弟子入りしたんじゃない」
「はあ、そうなんですか⋯⋯」
シルバーネさんは至極当たり前の様に話すが、その頃私は恐らく日本でぬくぬくと暮らしていた頃だから、全て初耳だ。ドラゴンの規模が分からないが、口ぶりからするとリリーエ先生は相当強いらしい。
というか私の弟子入りの理由、そんな脳筋みたいな理由だったんですね。
そして、このままでは会話が噛み合わずに、シルバーネさんの違和感はどんどん募る事になるだろう。それは少し面倒くさいから、あの手を使おう。
「あのー、シルバーネさん」
「何よ」
「実は私、記憶喪失なんです」
「は?」
素っ気なく返事をしたシルバーネさんは、次の私の発言を聞いて動かなくなってしまった。
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