私は訓練されたヲタク

はな

私は訓練されたヲタク

 私は訓練されたヲタクである。

 流行り病が蔓延して外出自粛になったところで、これまでの生活となんら変わりはない。私は年中おうち時間を満喫している。自室で推しを愛でるためにBlu-rayディスクを再生しながらお菓子を食べるのは至福だ。

 ヲタクはいい。幸せだ。推しに会えない? そう思っているのは真のヲタクではない。推しには会えない、認識してもらえないからいいのだ。

 だから、アイドルよりも二次元のヲタクの方が幸せだ。推しに会えない代わりに裏切られる事もない。いつも見目麗しく、私の心を満たしてくれる。甘い声で囁いてくれる。あまつさえ、画面の中でもがき苦しむ姿さえさらけ出してくれるのだ。

 これを幸せと言わずしてなんと言おう。

 これほど訓練されたヲタクの私が。まさか。


「あーお客様困りますぅ‼︎ あっ、あーーー尊いあーー待って困りまあぁーーー‼︎‼︎」


 なぜだ。何故訓練されたヲタクである私がこんな大声をあげながらあたふたするハメになっているのか。

 ここ毎日、同じお客様が来るのだ。しかも私がいる時を狙って! ヲタクをストーカーするなよ! というのは心の声だが。口になんて出せるわけがない。

 たちの悪い事に、これを尊いと思ってしまっている私がいるのだが。なぜだ。なぜなんだ。推しを愛でる時間がない!

 毎日毎日、このお客様のためにわたしが忙殺されている気がする。しかしだ、いかんせんこのお客様は自分が可愛いということをわかっているのだ。くそっあッカワイィッ‼︎

 あっ、いやいやあざといあざといカワイィ……じゃない‼︎


「あー困りまカワイィ‼︎ あー‼︎‼︎」


 しかもこのお客様は傍若無人なのだ。なんでも自分の思い通りにならないと気が済まないらしい。

 一昨日なんか、私が一生懸命に用意したご飯に口すら付けなかった。そればかりか暴れてご飯をひっくり返す始末。

 涙目で片付ける私を尻目に、お客様は眠そうにあくび。さすがにイラッとして怒鳴ってしまった。

 けれど、途端にうるうるした目で見上げて来るとかどういう心境なんだか。そんなあざと可愛い仕草したからって許されると思……カワイィ……許したよね。


 昨日は珍しく来なかった。これで推しに癒される時間が出来ると喜んでBlu-rayを再生した。

 だけど、なんだか、内容が頭に入ってこない。いや、何度も観たものだから内容はわかっている。台詞だって暗記してる。

 なのになぜこんなに目の上を滑るのだろう。

 あのお客様は今日はどうしているのだろう。なぜ来なかったのか。病気でもしたのだろうか。まさか事故にあってはいないだろうか。ああ、心配だ。今頃ひとりぼっちで苦しんでいたら私は一体どうしたらいいのだ。

 もう私は駄目だ。観念しなければならない。


 そして今日。けろっとした顔でやってきたお客様に、高鳴る胸を押さえつつご飯を出した。

 今日は美味しそうに食べている。と、尊い……‼︎

 認めよう。私はこのお客様の事が心から好きだ。好きになってしまった。振り回される快感に蝕まれてしまったのだ‼︎


 私は訓練されたヲタク。だから推しは推せる時に推す。運命を感じたら、推しを変えることも厭わない。

 二次元が至高? その信念すら変えることが出来る。私は訓練されたヲタクなのだから。

 だから今日こそ言おう。この気持ちを伝えよう。家に帰ると推しがいる生活を手に入れるのだ!

 君を生涯監禁して、永遠のおうち時間を満喫させてあげよう。あぁ、愛しい推し。私が幸せにしてみせるよ。


「今日から一緒に暮らそう、かわい子ちゃん」


 ————にゃあ……




END

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