最終話 師匠と弟子
夜空の下で、サファイアのような蒼い長髪が揺れていた。
エルシャが構えるのは、白銀の大剣、竜牙。神の牙から削り出した、全てを断つ剣。
その刃の先には、一人の男。
ゆるやかに立つクガナが手にしているのは、錆色の片刃剣、竜尾。神の尾を研いだ、全てを裂く剣。
「行きます」
「来い」
「——わたしの全てを、見せてやるっ!」
叫び、踏み込む。
横薙ぎが地平線まで広がって、草原を斬り裂く。
跳んだクガナにもう一振り。しかし刃は背から現れる。クガナはその刃を弾き、空中で姿勢が崩れた。
「そこッ!!」
白銀の大剣が振るわれ、しかしクガナの身体がゆらめく。剣は宙だけを斬った。
背後に回ったクガナ。しかし火球が追いかける。
「ち——」
続けて襲う火球を、クガナは次々と斬り落としていく。
最後に火柱を跳んで避け、
「こっちからも行くぞ」
着地。と同時に加速。
瞬間的にクガナはエルシャの目の前まで迫り、刃をぶつけてくる。
鍔迫り合い。
からの連撃。三斬、三斬、三斬。
全てが同時の刃。全ては止められない。ならばとエルシャも破界して躱す。ゆらめく残像だけを残して、クガナの背後に。
「うらァッ!」
エルシャは縦に一回転して大きく叩き斬る。その刃をクガナは片腕で止めた。
そして弾き飛ばす。
エルシャは草原を転がり、しかし体勢を立て直し——
目の前に、刃。
地面に大剣を突き刺すようにして、斬りかかってきたクガナを止める。跳び、身体を捻って、斬り上げ。砂と草が周囲に散らばった。
一瞬の隙。
「今——」
斬りかかるエルシャに、ゆらめくクガナ。
「——と、思わせて、そこだあぁぁぁぁっ!!」
背後に向けて、振り向きざまに最後の一撃。白銀の大剣が、錆色の片刃剣を弾き飛ばした。
——そして、竜牙の刃を、クガナの目の前に。
「これで、今度こそ、わたしの——」
「——はい。俺の勝ち」
すこーん。と、軽い音が草原に響いた。
弾き飛ばした。のではなく、飛ばされるように投げ上げた竜尾。その柄が、見事にエルシャの脳天を直撃した。
そして、ばったり。
エルシャはその場に倒れ込んだ。
「………………」
「……大丈夫か? 死んだ?」
「し……死んでません…………うう、痛ったぁー……」
頭をさすり、涙目になりながら、エルシャはのそのそと身体を持ち上げる。
「ズルい! ズルいですよ師匠! 剣士たるもの、剣技で戦わないでどうするんですか! それでも剣士のはしくれかぁ!」
「なんだよ、ちゃんと剣で決めただろ。剣が手を離れても剣士は剣士だ。どんな状況でも剣を活かすのが俺のやり方なんだよ。やれやれ、お前はまだ修行が足りないな」
「こんな戦い方教わってませんから、当たり前です!」
「じゃあ、そのうち教えてやるよ」
そう言って、クガナはへたり込んでいるエルシャに手を差し伸べる。
そんなクガナを見て、エルシャは一瞬、ぽかんとしたような顔をした。
思考が停止したような、何かに気付いたような、心が何か弾けたような、色々なものが混じり合った、ぽかん。
「……おい、本当に大丈夫か? 打ち所悪かったか?」
「だっ、大丈夫です!」
クガナの手を取り、エルシャは立ち上がる。
そして手を掴んだまま、微笑みかけた。
「それじゃあまた次の決闘まで、ご指導お願いしますね! 師匠!」
「……ああ。何でも教えてやるよ。エルシャ」
言葉を交わすと、二人はどちらともなく笑った。
笑ってから、世界最強の師弟はどちらともなく話し出す。
「次はあれ教えてくださいよ。同時に三回斬るやつ」
「あれはお前に向いてないだろ。大剣には大剣の戦い方があるんだよ」
「ええー、いいじゃないですか。意外と新しい境地が見えるかもしれませんよ」
「そうかあ?」
「そうですよ。師匠もまだまだ、見識が狭いですねえ」
そうして、二人はまた歩き出した。
並んで。違う歩幅で。
二人で一つの、長い長い道のりを。
了
復讐されるは我にあり wani @wani3104
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