第13話 後始末


 第二次外領連合アルディシア侵攻、及び、土地神アラドベレク解放から、しばらく。

 再編成された元老院議会は、この日も深夜まで議論と事務処理が並行して進められていた。


「ふうー、ようやく帰れるか。老体には堪えるわい」

「お疲れさま、ボラス。ヨルメアはまだやってるの?」


 元老院議員としての仕事を終えたボラスに、シオンが話しかける。


「ああ、そうなのだ。もう少しで片付くからと言ってな。まったく、よく働くのはいいが、身体を壊さぬか心配になる」

「壊れたら僕が治すから大丈夫。裁判で死刑になるまで、ちゃんと生かすのが僕の役目だからね」

「う、うむ……? 何やら恐ろしいが……ともあれ、今は国家の立て直しが急務だからな。有能な者であれば、虜囚であろうと死刑囚であろうと、手を借りるしかないのだ」


 土地神アラドベレクを失ったアルディシア。土地神の祝福がすぐに消える様子はないものの、いつまでも昔と変わらぬ生活が出来る保証はない。


 外領の知識——野菜を育てる肥料や、狩りの技術などを手に入れ、引き換えに穏やかで肥えやすい家畜や、成長しやすい野菜の種などを提供する。相互の協力関係を、早急に作り上げなければならない。


 そして可能であれば、今は世界を自由に駆けているアラドベレクに、時折戻るアルディシアという故郷も、用意できればなお良いだろう。


「とはいえ、状況は厳しい。なにしろ我々と外領の民は、これまで長く敵対関係にあった者たちなのだ。一朝一夕で上手くいくことはあるまい。茨の道だな。これから」

「それでも滅びるよりはいい。ユーベルクみたいにはなりたくないでしょう」


「それは……うむ。そういえば、君の方も治癒魔法とやらの研究はどうなのだ」

「好調だよ。これまではクガナの身体を研究元にしてたけど、今回アラドベレクの体液を手に入れられたのが幸運だった。いずれは僕以外にも使えるようになればいいんだけれど」

「そうか。私は専門外だが、優れた魔法はそれだけで大きな価値があるからな。君の研究には期待している。ところで——」


 言い淀むボラスの思考を先読みし、シオンが言う。


「あの二人?」

「……う、うむ。まだ見つからないのか」

「うーん。見つけようと思えば見つけられるんだけれど……二人がそれを望んでないと思うんだよね」

「そ、そう言わずに。近くヨルメアを失うことになる私たちには、どうしてもエルシュナーゼ様が必要なのだ」


「……今夜の月は、綺麗な孤月だよね」

「ん? ん、うむ。そうだが……」

「楽しみだね」


 シオンはそう言って、もう一度夜空に浮かぶ孤月を見つめた。



 ◇



「このへん……かな」


 広い草原の一角で、クガナは立ち止まった。


「なーんにもないですねえ……お墓の跡くらい残ってるかと思ったんですけど」

「まあ、そんなもんだろ。それだけの年月が経ったんだ」

「三百年以上……ですもんねえ……」


 クガナの隣にはエルシャ。二人はそれぞれ、片方は錆色の片刃剣を帯び、もう片方は白銀の大剣を背負っている。


「師匠の主……だったんですよね。ハバキさんと、ユラさん」

「ああ。ずいぶんと変な奴らでさ」


 少しばかり物憂げに、クガナは語る。


「外領の小さな国の王と王妃だったんだ。少ない資源を周囲といつも奪い合ってるような、本当に小さな国なんだけどな。あの時も小規模な戦争があって、俺はハバキの首を取る寸前までいった」


「あ、元は敵国だったんですか」

「んー……まあ、一応は。と言っても、俺は祖国も分からないような孤児で、ただ日々の食い扶持のために、軍に参加してただけなんだが……って、それは今も変わってないな」


 軽く笑って、クガナは続けた。


「……ともかく、俺はあいつにとっ捕まった。あとは殺されるか、よくて奴隷か……なんて思ってたらさ。あいつ、お前の太刀筋は面白いから、ちょっと自分に仕えてみないか。とか言い出すんだよ。さっき自分を殺そうとした相手にだ」


「それからは、やたら俺に構ってきてな。飯に付き合わされたり、しつこく嫁の自慢をされたり……まあ、色々あった。気付いたら俺はあいつらが気に入ってて、死んでも護ると心に誓ってた。自分が死ぬ時は、あいつらを護りきった時だけだ、ってな」


「——でも、あいつらは俺より先に死んじまった」


 広い草原を、クガナはぼんやりと見つめた。

 風が草花を撫でていき、クガナとエルシャの髪も軽く揺らした。


「簡単な戦だった。俺が部隊を率いて相手の王の首を取れば終わる、それだけの。でも、俺が戻った時、別働隊に本陣が襲撃されてて……あいつらはすでに冷たくなってた」


「俺がいれば護れたんだ。でも、俺はその場にいなかった。自分が憎くて、仇が憎くて、どうしようもなくて。せめて復讐をしてからあいつらの後を追ってやろうと飛び出した時に、気付いた。仇を取る相手が、この世のどこにもいないことに」


「敵国の王の首はすでに取ってた。本陣に戻った時に、別働隊も潰してた。あいつらの仇は、みんな殺してたんだ。俺が仇と気付く前に」


「そこからは、何もなかった。護るものもなく、恨むものもなく。ただ死に場所だけを探して戦っていたら……ユーベルクのあれだ。本当に……最悪の人生だよ」


 夜空に向けて息を吐く。

 そんなクガナに、エルシャが問いかける。


「師匠は……どうしてわたしを殺さなかったんですか」

「…………なんでだと思う?」

「……わたしなら、師匠を殺せるから……ですよね」


 その通り。と、クガナは笑った。


「お前は覚えてるか知らないが、お前の両親を殺した後、お前がでかい剣を振り回して斬りかかってきたんだよ。軽く避けたつもりなのに、何故か躱しきれなかった。その時に付いた傷を見た時に思ったんだ、こいつの剣は、もしかすると俺の命を絶てるかもしれないって」

「神剣ソラスだから……だったんでしょうか」

「今にして思えばそうだな。あの剣は俺を殺せるんだろう。ともかく俺は死ぬために、お前を連れて逃げ出した」


 しかしエルシャは、クガナの言葉に首を振る。


「……じゃあ、でもじゃあ、どうして今まで、わたしを育ててくれたんですか? 毎日食事を与えてくれて、弟子入りも認めてくれて、今までずっと、剣を教えてくれたのはどうして? 自分が死にたいのなら、さっさと斬られて死ねばよかっただけなのに」

「…………どうして、ねえ」


 エルシャが真剣な眼差しで、クガナを見つめてくる。


 こいつはいつもそうだ。いつだって真剣で、本気で、どこまでも直球に仕掛けてくる。だからこそ心配になるし……だからこそ鍛え甲斐もある。


 だから——


 クガナは浮かぶ孤月を眺めて、それから錆色の片刃剣を抜いた。


「いつもの約束、覚えてるか」


 エルシャも背にした白銀の大剣を抜き放ち、答える。


「もちろんです。月に一度は、決闘してくれるんですよね。師匠」

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