カムバック、おうち時間

結葉 天樹

もしも逆だったら

『新型ウイルスによる感染症が拡大しています。日本でも北海道から上陸し……』


 人類が長年かけて撲滅した新型コロナウイルス。その戦いから数年後、人類は再び困難の時を迎えていた。

 連日、ニュースでは今年の春から確認された新発見のウイルスによる感染症が全世界で広まっている。

 今回は西洋ではあまり大規模な蔓延はしておらず、日本ではどんどん感染が拡大しているらしい。


『WHOでは調査団を派遣し、感染ルートと感染源の発見に全力を尽くしています。続いて各国の対応についてです』


 テレビでは相変わらず専門家なのかよくわからない人や芸能人やキャスターが素人考えで「政府の対策がぬるい」だの「あの国が優れている」だのと言いあっている。


『大体ねえ、新型コロナウイルスの時も私は思ったわけですよ。政府は外出制限を出して補償が足りてない。これは国民に死ねと言っているようなものです』

『しかし今回は……』

『アメリカではワクチンの研究が始まっているというじゃないですか』

『いや、でも……』


 そんなワイドショーを観ているとスマホがブルッと震えた。そこにはニュース速報で一言。感染者がこの街で出たと伝えられていた。しかもクラスターだという。地区もこの近辺だ。もしも知り合いが濃厚接触者になっていたら自分も検査する必要があるかもしれない。


「マジかよ」


 もうテレビの言っていることは頭に入って来なくなった。これからすぐに対策に動かなくてはならない。親もニュースを見たのか、俺に準備をするように言ってくる。

 致死率はそれほど高いわけじゃないが、今回のウイルスも非常に面倒な特性を持っている。それこそ人々の日常生活に支障をきたすレベルの厄介さだ。


『失礼しました。原稿が飛んでしまいまして。えー、たった今入って来たニュースによりますと、新たなクラスターが発生――』


 財布をポケットにねじ込み、腕時計を身に着ける。充電器も用意しておかなくては。感染が拡大したらしばらくこの家にも戻って来れなくなるかもしれない。


「おーい、早くしろ」

「はいはい」


 父親の急かす声が聞こえる。テレビの電源を落とすためにリモコンを探す。


『雨が降ってきましたね。それでは、天気予報を伝えていただきましょう』


 しかし番組のためとはいえ、この人たちもよくやると思う。まさか生放送のワイドショーを


『今日の天気です。関東では低気圧の影響で間もなく天気が下り坂です。お出かけの際には傘と、貴重品をお忘れなく』


 誰かが俺の手を握った。顔を向けると妹だった。


「わかってる」

『明日はお出かけ日和です。是非、積極的に外出して太陽の光を浴びましょう。人と関わりましょう。家にいてはいけません――』


 テレビの中では二人以上で手をつなぎ、身を寄せている出演者ばかりだ。街の映像もぎゅうぎゅう詰めの観光地や歓楽街が繁盛している様子を流している。


「あーあ、めんどくさいなー。まだアクセサリー作ってる最中なのに」

「俺もやりかけのゲーム残ってるんだよなあ……でも仕方ない。今回は家にいちゃいけないんだから」


 今回発見されたウイルスは、前回とは真逆だった。一定の光量を浴びないとウイルスが活性化してしまう。家の中にいるのはもっての外。だから日中は外出し、日が落ちたら明かりがいっぱいある歓楽街やファミレス、カラオケボックスやクラブハウスなどで過ごさなくちゃいけない。


「今日はどこへ行く?」

「とりあえず野球観戦でも行くか。あそこなら人もいっぱいいるし」

「映画行っちゃダメ?」

「ダメだ。言われてるだろ、いっぱい人と話せって」

「お父さん知らないの? 応援上映って言って声出してもいい時があるんだよ」


 不思議なのは大勢の中にいると感染しにくい、あるいは感染しても重症化しにくいということだ。


「あーあ、今度はいつ家に帰れるかなあ」

「ほんと、おうちでの時間が欲しいね」


 妹は俺の手をぎゅっと握る。夏なので汗ばんだ手が触れるのは暑いのだが贅沢は言えない。

 一昔前に言われたソーシャルディスタンスとやらはどこへやら、過剰なほど人と関わらなくちゃ身の危険があるなんて現代の日本人にはとても抵抗がある。


「前と違って飲みに行けるのは嬉しいし、経済は活発化するんだけどなあ……貯金足りるかな」


 そんな父親のため息とともに車は走り出すのだった。

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カムバック、おうち時間 結葉 天樹 @fujimiyaitsuki

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