第10話(一応、最終話)

 結論から言えば、私達にとって有益な情報は見つからなかった。

 しかし、この研究の結果、栞は勲章や、国際的な賞をいくつも貰う事になったのだ。


 栞の研究結果の要約は下記の通り。


①ドラゴンが人間の遺伝子組み換えによるものだと言う証拠の発見。

②その遺伝子組み換えは、ドラゴンを言わば人間の遺伝子の乗り物として使っていたものだと言うこと。

③最終的に、人間を復活させる計画であったであろうこと。

④その方法をリバースエンジニアリングすることで、ドラゴンを人間化させないワクチンを製作できうる事を明らかにした。


 仕組みが分かれば、あとは早かった。

 検査方法はすぐに確立した。

 私がドラゴンになってから、二年半ぐらいの頃、ワクチンの治験が始まった。

 更に半年後には大々的に展開する事となる。

 国民悉皆検査の反省を踏まえて、予約の厳格化や割り込みの禁止などの対策がとられた。


 勿論、栞の導き出した結論は、ドラゴンの社会に大変な影響を与えた。

 今までの神話が全て嘘になってしまう。しかもドラゴンが人間の創造物だとは……信心深いドラゴンにとっては世界がひっくり返るような出来事である。

 否、ショックなのは普通のドラゴンもか。


 栞のように前々から人間の創造物だと理解していたドラゴンはそんなに多くない。

 論文はあったが、そういうドラゴンたちの目に触れると、撤回を要求される面倒くさいテーマだったのだ。


 しかし、そんな内容でも自分が助かる事と天秤に掛ければ、信仰を選ぶドラゴンは少数派だった。

 違うな……それはそれ、これはこれとしてワクチンだけは戴くのだ。

 政府の陰謀だとか、人間の陰謀だとか言う連中はいた。 ただ、幸いなことにそういう連中は最小限に抑えられた。

 マスコミも政府も、そのような意見に対して真面目に取り組んだ結果だと思う。

 この話で笑ったのは、栞がドラゴンの皮を被った人間だと言う意見である。人間の着ぐるみを着たヒトナーがいるぐらいだから、ドラゴンの着ぐるみを着る人間もいたのかも知れない。


 何はともあれ、栞の緊急記者会見から三年で事態は収束したと言える。

 勿論、政府はワクチンの接種を強要は出来ない。最後まで安全性を信じなかったドラゴンは少し残ったが、そんなに多くない……そういうドラゴンが、稀に人間になったと言う報告が上がるだけか。

 他のドラゴンには接種するなと言いつつ、自分はちゃっかり接種したドラゴンばかりだったんだなと分かる。


 私の変身からワクチンが展開されるまでの間に、私を含めて百七人の人間が生まれた――人間への変身は時間を追うごとに加速的に増えて行ったのだ。

 元に戻る目処は未だにない。

 だけれど、私は妙にすっきりした気分になれている。

 あの騒ぎが落ち着いて、ドラゴンたちは平静になってきている。

 あの水晶板の一件で、多くのドラゴンたちが、私達を助けるために懸命になってくれた。そして、今も助けてくれるドラゴンが沢山いる。

 私は悲観的になっていた事を恥じた。


「俺もドラゴンのことが少し嫌いになりかけていたよ」

 直哉が笑う。

 涼が「なになに? 私達の事が嫌いになった?」と寄っかかってくる。

「私の事をいやらしい目でみなかったら好きになれるんだけどなぁ」

 と私が乗っかる。

「毎日お風呂に入れて貰ってそれをいう?」

 栞がまとめて笑い飛ばしてくれる。


 水晶板はまだあるだろう。人間が復活するつもりなら、もっと色々な情報を残しているに違いない。

 そして、あの不可読領域も。

 きっと、そこにはヒトナーを喜ばせるような情報もあるだろう。


 人間はドラゴンを知性のある生き物とした。また、全てのドラゴンを人間に置き換えようともしなかった。

 多分、この計画を立てた人間にも色々あっただろう。

 それに、あの円盤は計画完了の暁には、全く不要な――むしろ邪魔ですらある情報だ。それも含めて、一万年前の決断が何かしらあったのだろう。

 その人は、きっと人間に対して、今の私が持つ希望と絶望を両方とも抱えていたに違いない。

 私は残された人間として、その彼に近づけるだろうか?


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元雄ドラゴンの俺が、ヒトナー雌ドラに飼われるようになった事情 FakeZarathustra @Z_o_E

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