リモートワーク

澤田啓

第1話 おうち時間は楽し

 私は沢田啓太さわだ・けいた、年齢は47歳で……株式会社デリクに勤める営業課長です。

 私の勤める株式会社デリクは、全国にチェーン展開をしている飲食店の経営母体なんですよ。

 あなたも一度は行ったことがあるんじゃないんですかね、『ラッキーミート』と云う店舗名のステーキハウスなんですが。

 あ……ご来店の経験がなかったと……申し訳ありません、お勧めは『コロコロサイコロステーキ(大盛り)』なので、是非とも一度はご来店くださいね、お待ち申し上げております。


 しかし、昨今の新型コロナウィルス感染症ですか……年度内に二回も緊急事態宣言が出されたとかで、皆さまも大変でしたよねぇ。

 かく言う私どもの会社も、やれソーシャルディスタンスだの……やれリモートワークだの……時短営業要請だので、ただでさえ目の敵にされがちな飲食店は、もう何と申しますか青息吐息の有り様でございましたとも。

 そんなこんなで私もリモートワークなどと云う、飲食店の営業担当としてはあり得ないような業務に取り組まなければならなくなった次第です。

 営業統括部長からのメールを自宅のPCで受信し、その業務指示に従って課員との営業方針会議を、ZOOMだとかZOOだとかのオンライン会議で指示を出し……あっZOOは動物園のことでしたか……いやはやPCなんて営業成績や見積もり書用の表計算ソフトしか使ってなかったんで、イマイチどころかイマシチぐらい使いこなせてないんですよ。

 中年になるとどうしてもこっち方面に疎くなっちゃうのが困りもので、部下たちからも鋭いツッコミが入り倒すのが玉に瑕ってヤツでしたねぇ。


 まぁ……そんな感じでおうち時間と云うかリモートワークが続いてる昨今なんですが、この業務形態も慣れればラクで良いんですよねぇ。

 顧客との折衝もリモート、部下とのコミュニケーションもリモート、上司に媚びへつらうのもリモート、飲み会もリモート……それに不倫相手との逢引きなんかもリモートなんですかねぇ。


 えっ?私?

 私には愛人をこさえるような甲斐性なんてありはしませんとも、上場企業だとは云っても年収600万円足らずのしがない中間管理職に……そんなお金も暇もないに決まっているじゃいりませんか……ねぇ。

 私は自慢にもなりはしませんが、妻一筋20年……心も身体も家族のためだけに捧げただけのくたびれた中年おじさんなんですから。


 そうそう無趣味な私なんですが、最近は専ら子供たちと一緒の時間を過ごすのが楽しくて仕方ないんですよ。

 とは云っても上の娘は高校一年生、下の娘は中学二年生と、父親と話なんかしてくれやしないんですが……男親とはこんなもんだと割り切っちゃえば、悲しくとも寂しいとも思いませんよ。


 二人の娘たちと妻がテレビを観ながら好きなアイドルの話なんてしているのを、じっと座って聞いているだけでも……家族って良いモンなんだなぁ……なんて感慨に浸っちゃって、嬉しくて仕方がないんですよ。

 あ……世のお父さん方に忠告ですが、そんな家族団欒の場に決してお父さんが口を挟んだり、自分の話でしゃしゃり出ちゃったりしちゃ駄目ですよ。

 そんなことをした瞬間にあなた、団欒の空気は凍りつき……みんながみんな蜘蛛の子を散らすようにいなくなっちゃうんですから、そこだけは要注意でお願いしますよ。

 お父さんが家族団欒に参加するために必要な、唯一無二の必勝法は『決して話さず、決してでしゃばらず、決して物音一つ立てず』それだけのことを守るだけで、家族は空気のような存在としてお父さんを受け入れてくれるんだから……簡単でしょ?


 それでも最近は私の空気化が更なる進化を遂げてしまったようで、統括本部長からのメールもオールユーザー宛の社内メールが数日に一度届くだけ、毎週行われていた課内リモート会議でも私の意見は何故か課内の全員がスルーしてしまう。

 それでも課内の意思統一だけは図られているようで、業務は滞りなく何の問題もなく進捗して行っちゃうんですから……家族からも空気扱いされ、部下からも空気扱いされ……う〜ん、自分の存在意義に疑問を感じる今日この頃ですなぁ。


 アッハッハッ、そんな冗談もさて置き……今日も今日とて気楽なリモートワーカーな私ですが、家族は私一人を置いてお出かけ中みたいなんですよ。

 不要不急の外出でなければ良いんですが、彼女たちは一体どこに行ってしまったんでしょう。

 このご時世、自粛警察なんて人たちが幅を利かせたりしてるモンですから……ちょっとばかり心配しちゃいます。

 ここは彼女たちが帰宅した時に、ちょっと注意したりしないといけませんかねぇ。

 いえいえ、そんな昭和の頑固親父じゃあないんだから……そんな頭ごなしのお説教なんてした日には、彼女たちから総スカンを喰らってしまいますよ。

 ええそうです、優しくやんわりと……自粛警察が怖いから、あんまり人混みの中に出かけない方が良いんじゃない?ってな感じで注意喚起でもしてあげましょうか。


 おっ、鍵が開けられる音がしてますよ、皆さん……妻と娘たちは無事に帰宅したようですね。

 それでは私も玄関に行って、お出迎えでもしてあげることにしましょう


「おかえり〜。

真理子まりこ美知みち桃子ももこ……今日は一体どこに行っていたんだい?

美知も桃子も、休校中なのに制服を着ているじゃないか」


 私の声を無視して、長女の美知が下を向いたままいきなり大声を張り上げました。


「……お父さんっ!!

お帰りなさいっ!!」


「いや…美知ちゃん?

 どちらかと云うと、その言葉はお父さんが言うべき台詞じゃないかい?

 勉強しろとか言っちゃうと、嫌われる父親になっちゃうんで言えないけど……お父さんは美知ちゃんの国語力に、不安しか感じられませんねぇ。

お〜い、聞こえてますかぁ?」

 

 私の声を聞いていないかのように、次女の桃子が嗚咽を漏らしながら姉の美知に抱きついてますよ。


「お姉ちゃん!

やっとお父さんが帰って来たんだから……笑顔でお迎えしてあげようって約束したじゃないっ!」


 ボロボロと涙をこぼし、最後には玄関で号泣し始める二人の娘たち……その姿を眺めながら、娘たちの仲の良さに嬉しくなっちゃいました。


「でも……桃子ちゃんも日本語の用法を間違えちゃってるねぇ、これは明日にでも国語の文法を教えてあげなくちゃ……だね」


 家庭内では空気のような存在である私の声は、またもや娘たちの耳には届いていないようでしたが……妻の真理子が最後に現れましたよ。

何だかシックな装いで、白い小さな荷物を大事そうに抱えてますね。

みんなで食べるケーキでも、買ってきてくれたのでしょうか?


「あなた……お帰りなさい、やっと帰って来れたわね。

あなたが単身赴任先の大阪で、新型コロナウィルスに感染して……マンションの部屋で倒れたまま亡くなってからもう10日になるのよ。

リモート会議の終わった次の日に倒れちゃうんだから、会社の皆さんも気付くのが遅れたって申し訳なさそうだったわよ。

不審死だったから警察の司法解剖にまで回されちゃって、本当にあなたは最後まで間の悪い人だったわね……」


 あぁ……そうだったんですね、私はもう既に死んでいたんですか。

 そう云えば大阪に単身赴任してましたよ、なんで自宅に戻って来たのか不思議にも思いませんでしたねぇ。


 そりゃあ統括本部長もには、個人宛のメールなんて出しませんよね。

 課内会議でもの話なんて、誰にも聞こえないし誰も話しかける筈なんてありませんとも。

 家族だってのことは、空気のように取り扱ってしまうに違いありませんね。



 それでも、こんな『おうち時間』の過ごし方も楽しいものですよ。



 みなさんも、一度ぐらい試してみてくださいね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

リモートワーク 澤田啓 @Kei_Sawada4247

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説