第9話 <選別>の朝と、神器の意味
僕のもとを「選別官」を名乗る男たちが訪れたのは、翌朝早朝、まだ日も昇り切らぬ時間だった。
「高野文月殿、ですね。」
選別官たちはものものしく武装していた。僕は眠い眼をこすりながら、
「こちらにはもう、戻って来ない可能性があります。旅支度を。」
おそらく選別官の方も、事前に<選別>に落ちそうな客人の情報を得ているのだろう。官の一人に促され、僕はのろのろと荷物を纏める。着替えと元いた世界から着てきた制服、そして森さんに貰った教科書数冊を旅人用のずた袋に突っ込んで、一応、早矢が買ってくれた白神器の杖も手に持った。
「それにしても朝早いんですね、選別って…」
「世話した客人が選別落ちという噂が広まると、宿場の方にも不名誉になるのですよ…ですから人目のない時間に伺うのです。」
選別官は淡々と説明した。まだ選別に落ちるとは限らないじゃないか、と言い返したくなったが、黙っていた。
りんなと父親はまだ寝ているのか、見送りにも出てこなかった。もしくは慣習として、選別落ちしそうな客人の見送りはしない、という定めでもあるのかもしれない。少し寂しい気持ちで、僕は客人宿<八重葎>を出た。
霜柱を踏みながら、ざくざくと歩いていく。役場のようなところに連れていかれ、がらんどうの体育館のようなところに通される。そこが選別場ということらしかった。
「文月殿、まず一つ…神器にて、邪を倒せるか、の選別です。」
僕を連れてきた男の一人が、そのまま選別を担当するようだった。男は麻袋のようなものを持ってきて、その口を開き、僕の足元に見慣れた物体…件の紫ゼリーを落とした。
僕はやけくそのように、その紫ゼリーを、力いっぱい白神器の杖で殴った。
ばん!
体育館に打擲音が響いた。だが、衝撃で手がしびれるばかりで、紫ゼリーはやはり、うんともすんとも言わなかった。
「…」
「…」
僕は首を横に振り、選別官は首を縦に振った。
「ではもう一つ…神器にて、法術を生せるか、の選別です。」
選別官は後ろで手を組み、2、3歩退いた。何かあるなら見せてごらん、ということらしい。
僕は一応栞を手に取り出してぎゅっと握り、目を閉じ、念のようなものを送ってみた。
「…」
「…」
当然、何も起こらなかった。やはり僕は首を横に振り、選別官は首を縦に振った。
「これで選別は終了です…何か、伝えておきたいことは?」
「ありません…僕は」
僕は力なく項垂れた。
「僕は、この世界で自分に何ができるかも、自分の適性の意味も…何も分かりませんでした。」
この世界に来て初めて、涙が伝い、口に入る。しょっぱい涙に咽ながら、言葉を続けた。
「与えられた神器の意味も、機能も…何も…何も、理解できませんでした。それは…自業自得、なのでしょうか…」
今までずっと、自分の殻に閉じこもり、本ばかり読んできたことの。
何の結果も残さず、成果も生まず、自分で物事を考えもせず、うまくいかないことは他人のせいにしてきたことの。
遼たちの言葉が頭の中にこだまし、それで…思ったより気にしていたのだな、と気づく。
強制労働でもいいか、と思った昨夜の自分が恨めしかった。自分の無能を、非力を突き付けられ、それを認めることが、こんなにもつらくて、惨めなこととは知らなかったから。
僕の言葉を黙って聞いていた選別官は、一つ頷いて、言った。
「自業自得、かどうかは分からないが…文月殿、それはすべて、あなた自身の人生の問題だ。」
僕の問題。森さんと同じ言葉だった。
「あなたの人生の問題は、あなたが引き受けなければならない。あなたはもう子供ではないのです。…大人というものは、自分の生き方に責任を持ちます。自分の生の業を、自分で受ける。そういう意味では、自業自得、かもしれない。ですが、一つ覚えておいてください、文月殿。」
選別官が、そっと僕の瞳を覗き込む。
「己を知る、ということは、存外難しい問題なのですぞ。己が何を生し得るか、己の生が何を意味するか。それを知ることは、決して簡単なことなのではない。それを理解することは、人生の殆どを理解したに等しい。あなたの旅路は未だ始まったばかり、狼狽えることはありません。」
まじまじと顔を見て、その瞳が柔らかく、優しい色をしていることに、初めて気づいた。父親くらいの年齢の男性だった。
「
「左様。
選別官は頷き、僕に手を差し伸べた。
「ようこそ瑞の国へ。あなたはここで、本当の自分と向き合うことでしょう。」
◆◆◆
『選別』に落ちた客人である僕は、
神器を操れるようになるまで…国府が斡旋した労働施設で職を与えられるという。もちろん有給だから、お金も貯まる。刑罰を受けているわけでもないから、身柄を本格的に拘束されるということもない。ただ、完全に当局の管理下に入るので、施設から出たり休んだりといった自由はない。また選別官ははっきりとは言わなかったが、神器を使えない人間が集まる強制労働施設、ということで、結構な力仕事と単純作業、危険な作業もあるようだった。
失意の僕に、選別官は2つの道を提示した。
一つは夏の都・榎宮。もう一つは冬の都・柊宮。
労働の内容はどう違うのか、と聞くと、選別官は、そう変わらない、と答えた。
「榎宮名物は灼熱地獄で砂漠の砂かき、柊宮名物は極寒地獄で吹雪の雪かき…どちらも基礎体力を鍛えるにはうってつけですぞ、文月殿!」
からからと笑う選別官。本気でよかれと思って言っているらしい。この人のことを、一瞬でも味方かと思った僕がバカだった。
あまりに脳筋な発言に、僕はため息をつきながら、なんとなく冬の都・柊宮を選択した。
胸には、何の役に立つかも分からない神器の栞。それと最低限の荷物だけで、僕は柊宮行きの護送車に乗り込んだ。
書を捨てよ、異世界に出よう!~“読書家”の少年が、とある異世界を変えるまで~ 矢作九月 @yahagi_kugatsu
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