第8話 <選別>の意味

 その夜、客人宿<八重葎>に、早矢は帰ってこなかった。


(早矢も怒ってるのかな…今度会ったら、謝らなくちゃ。)


 ここ2日間、客間に2人で布団を並べて寝ていたからか、早矢がいない客間は無駄に広く感じた。


 次の日…僕が異世界に来てから4日目。僕はとりあえず、神器についての手がかりを求めて、紫菀シオン都をぶらぶら歩くことにした。こちらの世界の人は、りんなのように和装が多い。早矢や羅山のように、ポンチョのような旅装を纏っているのは、きっとみんな異世界転移者である客人マレビトなのだろう。

 そう思って街を歩くと、客人は結構な割合でいた。3人に1人…とは言わないまでも、街にいる人々の5~6人に1人は客人だった。年齢性別も多種多様で、僕のような若い人もいれば、中年、壮年に差し掛かったような人もいる。ただ、外見的には全員日本人に見えた。


(日本人が転生しやすい異世界なのかな…)


 客人マレビトを見ると、まったく知らない人でも、なんとなく懐かしいような気がして、話しかけたくなってしまう。一方で僕のように、異世界に来てから4日経っても何もできない、無能な客人がこの中にどれだけいるのだろうか…と考えると、暗澹とした気持ちにもなった。


(きっとみんな、何事もなく神器ジンキを使いこなしてるんだろうな…何で、僕だけ。)


 何度目かの問いが頭をよぎる。くさくさした気持ちのまま、ひょい、と路地裏を覗くと、見知った顔…クラスメートの遼と優斗、それから早矢の姿が見えた。


(早矢…)


 声をかけようか迷ったが、遼と優斗がいたので、なんとなく顔を引っ込める。


 遼も優斗も、いわゆるクラスカーストの上位だ。スポーツができて、成績もまぁまぁ優秀。学校行事などは率先して仕切るタイプ。明るくて男女ともに友達が多い。僕にとっては少し、気おくれするというか、苦手なタイプの人たちだった。


「正直さぁ、それは高野の自業自得なんじゃないの?」


 遼の低い声が耳に入る。どうやら僕の話をしているらしい。


「それはそうかもしれないけど…なんとか助けられないかなって。遼も優斗も、ものすごく霊力が上がってるしさ…なんか手がかりはないかなー、なんて。」


 と、これは早矢。言葉通り、僕の神器について手がかりを集めてくれているようだった。

 優斗がのんびりした口調で返す。


「んー、そんなの、俺、考えたこともないからなぁ。自分の黒神器を見たら、ふつう分かるもんじゃないの?使い方が分からないから教えてくれ?なんかあいつらしいなー」


「言いづらいけどさ、早矢。もう高野のことなんかほっとけよ。」


 遼が断定的な口調で言った。


「早矢も分かるだろ。俺たちの神器は、元の世界の性格や得意分野とリンクしてるって。だから剣道やってた俺の神器は日本刀だし、陸上やってた早矢の神器は靴。森さんのタブレットは…よく分からんけど、森さんって、人のことよく観察して、気配りしてたよな。だから、神器を鑑定できる神器がもらえたんだろ。」


「それはまぁ、そうだけどさ。」


 早矢のあいまいな相槌に頷き、遼はなおも続けた。


「だから、高野の中途半端な神器は、ほんと、自業自得なんだよ。今までずーっと自分の殻に閉じこもってさ、本ばっか読んできたんだろ。なんの結果も出さずにさ。」


 遼の厳しい言葉に、僕はぎゅっと手を握りしめた。自分が他人からどう見られているのかを見せつけられ、頭が真っ白になる。

 遼の言葉に、優斗が同調した。


「読書っていうと聞こえはいいけど、要するに読書って、他人の意見の受け売りだもんなー。自分じゃ何も考えてない、ってことでしょ。早矢にとっても、足手纏いなんじゃないのー。」

「何にも考えてない、何にも努力してない、何にもできないやつは、こっちの世界じゃ、くたばるしかないんだって。どうせ明日には強制労働送りだろ?もうあんなやつのことは忘れて、早矢、俺たちと一緒に行動しないか?」


 …強制労働送り、という遼の言葉に、僕の心臓が跳ね上がった。

 そういえば、明日の選別に落ちたら、何が起きるんだろう。りんなは言葉を濁していたが、確か「職業の斡旋」とか言ってなかったか?

 それを平たく言えば、「強制労働送り」っていうことなんだろうか?


 僕は物音を立てないよう、そっとその場を離れた。そして客人宿<八重葎>に駆け戻る。


 宿にはりんなが一人いて、洗濯物を干していた。息を切らして駆け込んできた僕を見るや、にこりと笑って小首をかしげる。


「今日はお早いお戻りですね!何かあったんですか?」

「明日の選別って…何をするの?もしダメだったら僕はどうなるの?」


 前置きもなく切り出した僕に、りんなは表情を曇らせた。


「それは…」

「教えて、りんな。本当のことを。」


 僕がまっすぐ見つめると、りんなはごまかすのを諦めたのか、淡々と説明を始めた。


客人マレビト様の<選別>は…神器を理解し使いこなす力を見るのです。一つは、神器を用いて邪を倒せるか。もう一つは、神器を用いて法術を生し得るか。このどちらか一つでも満たせば、合格となり、旅人証を授与されます。」

「じゃあ、早矢は神器で邪を倒すことができるし、森さんみたいに直接戦闘力がないタイプも法術…あの鑑定能力を発揮して見せて合格、ってことか。旅人証っていうのは、きっと身分証明みたいなものなんでしょう?」

「そうです。客人は、旅人証がある限り、瑞の国のどこで何をしていてもよいのです…もちろん、生きていくには仕事をしないといけないですが…黒神器を使いこなす霊力があれば、占師の千雪様のように、仕事はいくらでもあるものですから…」


 僕が頷いたのを確認し、りんなは説明を続けた。


「もし<選別>の際に神器を使いこなす才を見せられなければ…要するに邪も倒せず、何らの法術も見せられなければ…いったん、旅人証の授与は保留となります。そして、旅人証が授与されなかった客人マレビト様には、瑞の国府が斡旋した職への斡旋があります…これは…」

「断ることはできない、そういうたぐいのものなんでしょう?」


 遼は「強制労働」という言葉を使っていた。僕の問いに、りんなは頷く。


「はい…正直に申し上げて、神器を使うことのできない客人マレビト様が瑞国で生きていくことは、大変難しいものですから…その、生計を立てるという意味で…。それで、以前はかなりの社会問題になっていたので、それで、<選別>で…」

「ただの無職の浮浪者になりかねない落ちこぼれの客人マレビトは、予め労役につける…っていうことか。」

「もちろん、文月様は良い人ですけど…でも…すみません、これは国の定めで…」


 りんなは否定せず、涙を浮かべて謝った。僕は首を横に振った。

 確かに瑞の国の人々にとっては、神器ジンキを用いて法術を使い、また霊石なしでも霊力を持っていろいろなことができる客人は、ありがたい存在なのだろう。だからこそ客人宿に公的資金を投入してまで客人を手厚く保護する。

 だが、神器が使えないとしたら?選別という制度が存在するからには、今まで僕以外にもそういうやつがいたということだ。

 りんなは「社会問題になった」と言った。つまり、神器が使えない客人は、招かれざる客だ。手に職のない移民を現代国家が受け入れたがらないのと一緒で、神器ジンキが使えない客人マレビトを遊ばせておくことは、瑞の社会を不安定にする要素の一つになりかねないということなのだろう。


「ありがとう、りんな。」


 僕はそのまま客間に引き下がった。

 客間で一人になると、栞を取り出し、じっと見つめてみる。どんなに見つめてみても、栞はぴくりとも動かないし、光りだしたりもしない。当然、しゃべりだしたりもしない。僕は無意識のうちに、クラスメートたちの厳しい言葉を反芻していた。


ー…みんな多かれ少なかれ、<この世界で自分に何ができるのか><って自分で考えて、答えを出して

ー…神器は、元の世界の性格や得意分野とリンクしてる

ー…何にも考えてない、何にも努力してない、何にもできないやつは、こっちの世界じゃ、くたばるしかない


 数々の厳しい言葉がリフレインし、だあっとため息をついて、客間の畳に大の字に寝っ転がる。


「じゃあ僕に、何を考えろと?僕に何ができるって言うんだよ!」


 …何にも分からない。

 自業自得ってなんだ。結果を出してこなかったってなんだ。他人の意見の受け売りだって?僕の今までの人生は間違っていたということか。

 でも確かにそれらの言葉が否定できないまま、心にぐさぐさとぶっ刺さっているのもまた事実だった。早矢の困り顔、森さんの怒り…彼らは本当に誠実に自分の人生に…そして他人である僕の人生に…向き合ってくれた。そのうえでの言葉であり、感情だった。正しい、正しくないでいえば、圧倒的に、彼らが正しいのだと思う。

 でも…でも。だからと言って、僕に何ができるんだろう。

 

「…別にいいか。強制労働だろうが、何だろうが。命を取られるわけでもないようだし。」


 結論が出ないまま、打開策が見つからないまま。

 妥協がふくりと湧いてきて、僕はそのまま、ふて寝を決め込んだ。

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