第7話 森さんの怒り
「結局、あんまりよく分からないなぁ…」
鑑定の後、森さんにほうじ茶と羊羹をごちそうになりながら、僕は誰にともなく呟いた。
「分析はしてみた?神器を使って何ができるか、とか…栞の形状をしているから、何か読書にかかわる能力なのかもしれないわ。記憶に関する能力とか…」
森さんの問いかけに、僕はゆるゆると首を振る。
「いや、何も…とにかく2日間、白神器の杖でゼリーみたいなのを叩いていただけ…」
「あら、知らないの?経験値は、自分固有の黒神器を介してじゃないと、獲得できないのよ。白神器を使ったところで…というか高野くん、まだ霊力もゼロみたいだから、白神器を使ったところで大した法術も
「「そうなの?」」
僕と早矢、聞き返すのが同時だった。じゃあ、あの白神器の杖でゼリーを叩いていたのは、まったく時間の無駄だったということになる。
つい早矢の方をじと目で見てしまう。早矢は慌てて質問した。
「でも白神器には霊石が入っているんだろ?なのに邪も倒せない、経験値も入らないの?」
「霊石って、乾電池か、リチウムイオンバッテリーくらいの出力だと思った方がいいわよ。乾電池でリニアモーターカーを動かせないでしょ?汎用白神器は、日常生活で家電の代わりとして使うくらいなら内蔵霊石の霊力で支障はないけど、邪を倒すには全然出力不足よ。だから
「へえ…」
「黒神器でしか経験値を獲得できない、っていうのは、理屈はよく分からないけど…この世界での
てきぱきと説明していく森さん。早矢は僕に向かって手を合わせた。
「ごめん!2日も無駄なことさせちゃって…俺、いっつもあのゼリーを靴で踏んづけてて、他のやり方で倒したことなかったから、逆に自分の神器じゃなきゃだめだって気づかなくて…」
「…ほんとだよ。まったく2日も無駄なことしたよな。あさってには選別なのに。」
僕が少しぎすぎすした口調で答えると、早矢は青ざめ、少し傷ついた顔をして、立ち上がった。
「俺、文月の神器が覚醒する方法がないか、ちょっと調べてみる…他の奴にも聞いてみたり、伝手当たったりさ…本当にごめんな、文月。森さんも、今日はありがとう!」
そそくさと出ていく早矢を見送ってから、森さんはぼそり、とつぶやいた。
「…最低。」
「そうだよね。僕、早矢のせいで2日も無駄にしちゃって…」
「高野くん、あなた、見かけによらずバカなの?」
言いかけた僕に、森さんは、真顔で言い放った。
「最低なのは高野くん、あなたの方でしょ。」
◆◆◆
「最低って、僕が?なんで…?」
あっけにとられる僕に、森さんはため息をついた。
「だって、あなたの神器だって霊力だって、早矢くんの問題じゃないでしょ。全部あなたの問題じゃない。」
「僕の…問題?」
「だいたい2日間無駄にしたっていうけど、要するにあなたの問題に、早矢くんを2日も付き合わせたんでしょ。あなたの特訓に付き合ったのも、白神器を買ってあげたのも、全部早矢くんの善意。早矢くんがいなかったら、あなた独りでは何もできなかったんじゃないの?違う?」
ずげずげとした物言いに、僕は言葉に詰まった。森さんはなおも畳みかける。
「なのにうまくいかなかったら、早矢くんのせいにするわけ?何で早矢くんが謝らなきゃいけないのか、意味が分からないわ。」
「そんなこと言われても、しょうがないじゃないか…あいつは最初からふつうにできて、僕は何も分からなくて…
「だから聞いたじゃない、『分析はしてみた?』って。自分の足で情報収集をしたり、自分の頭で考えたりはしてみたの?
「いや…」
僕の返事に、森さんは呆れたようにため息をついた。
「あのね、確かに早矢くんの場合も、クラスの他のみんなの場合も、もう少し分かりやすくはあったわよ。神器がまんま、刀とか、盾とか、魔法の杖とか…鑑定だってもっと分かりやすい結果が出たわ。でも、みんな多かれ少なかれ、<この世界で自分に何ができるのか>って自分で考えて、答えを出して、納得してこの世界に馴染んでいったのよ…そんな、何も考えないで、僕は知らない分からないって被害者面して、他人のせいにばかりして…」
森さんの手が震えている。
遅ればせながら気づいた。森さんは怒っているのだ、と。
最初は、早矢、早矢と言うから、森さんは早矢が好きで、それで僕に怒っているのか、なんて見当違いの感想を抱いていた。だがこれは、きっと違う。
「…そういうのわたし、すっごくむかつくのよね。」
森さんは、まっすぐに僕を見た。
森さんは、僕の態度に、考えに、生き方に、真正面から怒っている。今までの人生で、生きるスタンスそのものを怒られたことなんてなかった。僕は…冷や水を浴びせられたような衝撃をもって、彼女の怒りを受け止めた。
「そっか…ごめん。」
「わたしより、早矢くんに謝った方がいいわよ。」
森さんはすばやく両目を指で拭った。感情的になったあまり、涙を浮かべているのだと気づいた。僕はおろおろすることしかできなかった。
「これ、あげる。わたしはクラスの中でも最初の方にこっちに着いたから…情報源が少なくて。それでこういうのを入手して、勉強したのよ。」
森さんは、後ろを向きながら、何冊かの冊子を投げてよこした。体裁を見るに、こちらの世界の教科書のようだ。『瑞国地理』…等々と書いてあった。
「あなた、本が好きなんじゃないの?こっちに来て、自分で本の1冊でも探してみた?」
「僕は…」
こちらの世界の要領がわからなくて。神器を覚醒させることに必死で。…喉まで出かけ、だが、言葉にならなかった。全部言い訳だ、と思った。
森さんの言葉は、正しい。しかしそれだけに、痛かった。
ここに来てから、4日間。僕は何をしていただろう。1冊でも本を読んだだろうか。修学旅行のバスの中ですら本を読むほど、本が好きだったんじゃないのか。
「僕は…」
「それはあげるから。役に立てなくてごめんなさい。」
森さんの背中は、遠回しに、もう帰ってくれと告げてきた。
結局言葉を見つけられないまま、僕は彼女の占い屋を後にした。
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