第6話 神器鑑定士

 翌日も、早矢と一緒に社の丘に出向き、紫ゼリーを踏んだり蹴ったりつついたりしてみたものの、進展はなかった。

 正直、結構、落ち込んだ。

 どうして早矢が、あんないとも簡単にできることが、僕にはできないのだろう…なるべく表情には出すまいとしたが、おそらく雰囲気に出てしまっているのだろう。早矢も、りんなも、おろおろしていた。

 そんなふうに2人を困らせながら、ざまあみろ、と思う気持ちがまったくなかったというと、嘘になる。一方で、当然、純粋な焦りもあった。

 5日前に異世界に来たばかりの早矢はともかく、りんなまでこの反応…ということは、ふつう客人は来て初日か2日目には何らかの「手ごたえ」を得ている、ということだ。それが神器ジンキの覚醒なのか、霊力アップなのかは分からない。が、とにかく僕に何も起きていないことだけは事実だった。


「そういえば、異世界に来て5日目には、テストがあるって言ってたっけ…」


 今が2日目の夜で、明日は3日目だ。そろそろテストの内容を知っておいた方がいいだろう。

僕が話を振ると、りんなと早矢は顔を見合わせた。歯切れの悪い調子で、りんなは説明を始めた。


「えーと、5日目に、選別…客人マレビト様が、神器ジンキをある程度使えているか、どうか、とか…」


 もごもごと言うりんな。こちらの世界では、そのテストのことを「選別」と呼ぶらしい。


「そのテストに落ちたら、どうなるの?」

「うーん、別に、どうっていうか…職業の斡旋があります…」

「職業の斡旋?」


 煮え切らないりんなの態度に、つい問い詰めるような口調になってしまう。そんな僕を、まぁまぁ、と早矢がとりなした。


「そうだ、明日、神器鑑定士のところに行ってみようぜ!何かヒントになるかも!」

「神器鑑定士?」

「あ…、占師さんのところですね!それがいいですよ!」


 りんなも、ちょっとほっとしたような顔で同意した。我ながらグッドアイデア、と言わんばかりに、早矢は頷いた。


「安心しろよ、鑑定士も、俺たちの知り合いだからさ!」


◆◆◆


 次の朝、僕はまた早矢に連れられて、都の占師ー…神器鑑定士、のもとを訪れた。

 神社ほどではないが、少し古式ゆかしい造りになっている、小さなお堂のような建物の扉を開くと…僕たちを出迎えたのは、クラスメートの森千雪さんだった。


「森さん…?」

「あれ?早矢くん…と、高野くん」


 森さんは学級委員タイプで、さばさばしていて、女子からも男子からも人望があるタイプだ。クラスで浮き気味だった僕にも、どちらかというと気を遣ってくれていた一人だ。

 この世界で2人目の同級生と再会し、もともとそこまで仲良くなかったものの、心が温まるのを感じる。


「早矢くんはこの前鑑定してあげたよね…ということは、今度は高野くんか」


 ちなみに高野は、僕の苗字だ。文月、と名前の方で僕を呼ぶのは、クラスの中では早矢くらいのものだった。


「お願いします…なんかちょっと、行き詰まってて…」

「いいよ…本当は鑑定したら対価をもらうんだけど、同級生だから、初回はサービスね。」


 森さんに促され、奥の間に入ると、黒いクロスをかけた丸テーブルがおいてあった。

 椅子に座ると、その反対側に森さんが座る。そして、白いタブレット端末を取り出し、僕の方にカメラを向けた。


「これは…タブレット?」

「そう。これが私の黒神器よ。これで人物を写すと、神器についての鑑定ができるの。」


 ぴっ、という電子音がして、数秒。森さんは首をかしげた。


「うーん、なんかよく分からないわ。いつもはこれで分かるんだけど。神器ジンキをよく見せてくれる?」


 栞を取り出して見せると、森さんは栞にタブレットのカメラを向け、また数秒待った。


「うーん、ますます分からない。本当に詳細不明よ…」


 自分の言葉を証明しようと、森さんはタブレットの画面を見せてくれた。確かに栞の写真の上に、「神器X:unknown」と赤い字で出力されている。


「確かに神器であることは間違いないんだけれど…ちなみに、ふつうはこうなるのよ。」


 森さんがタブレットを早矢の足元に向けてから、画面を見せてくれる。ブーツの写真の上に、

「神器:麒麟蹄 法術:脚力の上昇」という説明が青い字で出力されていた。


「麒麟って、あの幻獣の?麒麟の蹄って、かっこいいな…」


 僕が唸ると、早矢は照れくさそうに微笑した。


「まぁ、文月の前では邪を踏んづけてばっかりだけど…それだけじゃなくて、これを履いたら、走っても走っても疲れないし、タイムも速くなったんだ。これ持って、元の世界に戻りたいよ。」


「ほんと、陸上部の早矢くんにぴったりよね。」


 森さんの言葉に、早矢はぽりぽりと頭を掻く。照れたときの彼の癖だった。


「ふつうそうやって、転生前の強みを生かした、自分にぴったりの神器が与えられるのよね…だからみんな、与えられる能力や法術に関しては、こうやって納得できる場合が多いわ…。高野くんもいつも本を読んでいたから、栞っていう神器は納得なんだけど…使い方はよく分からないわね。本に挟むのかしら。」


 森さんは再び僕の栞にタブレットを向けた。そして、首をかしげながら、画面を僕の方に見せた。


「うーん、やっぱり分からないわ。」


 画面いっぱいに映し出された銀色の栞。詳細説明は相変わらずunknownのままだった。


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