第5話 クラスメートとの再会

「ただいま…ってあれ、文月じゃん!」


 からり、と客間の戸が開き、入ってきたのは、クラスメートの早矢ハヤテだった。


「早矢!よかった!知り合いがいて…」


 ほっとしていざり寄ると、早矢も満面の笑みを浮かべた。早矢は和風の旅装に身を包み、黒い編み上げブーツを小脇に抱えている。


「いつ来たんだ?昨日までいなかったよな?」

「今日、気付いたらあの神社みたいなところにいて…」

「そっか、遅かったな。俺もう5日前からここにいるぜ?」


 そんな僕たちの会話の行方を見守りながら、りんなが気づかわしげに、早矢を見上げた。


「…旅人証、もらえましたか?」

「ああ、大丈夫だったよ!りんながいろいろ教えてくれたおかげだ、ありがとう!」

「旅人証…?」


 ほっとした顔のりんなと、嬉しそうな早矢。また新しい用語の出現に、僕は首をかしげた。


「ああ、客人はここに来て5日目に、ちょっとしたテストがあるんだ…まだそこまで説明、聞いてないか。」

「テスト?」


 不安そうに反復する僕に、早矢はいつもと同じ人の好い笑みを向けて、言った。


「明日から俺がいろいろ教えてやるよ!大丈夫、すっげー簡単だから!」


◆◆◆


 翌朝、早矢に連れてこられたのは、昨日下ってきた丘だった。

 りんなは、旅人の装束を用意してくれていた。それに着替え、とりあえず胸ポケットに栞を挿して出発した。靴だけは、どうしても草鞋に慣れなくて、修学旅行で卸したての運動靴を履いた。早矢もほとんど同じ格好だったが、靴だけは昨日小脇に抱えていた黒い編み上げブーツを履いている。


「昨日りんなから、神器の説明は聞いたよな?」

「ああ、霊力を用いて、法術をす器…だっけ。でも法術って、なんか魔法みたいだよな、ファンタジーRPGの。」

「文月、RPGなんてやったことあるの?」


 早矢は心底意外そうにこちらを見る。きっと僕のことを、読書以外趣味のない本の虫だと思っているのだろう…まぁ、間違いではないけれど。


「やったことないけど…そういう小説は読んだことあるよ。」

「ふーん、じゃあ話が早いかな。神器とか、法術とかっていうけど、どっちかっていうと、ド○クエとか、ファイ○ルファンタジーとか…ああいうRPGの世界観に近いみたいなんだよ…この世界って。」


 ざっ、と音を立てて早矢が立ち止まる。つられて僕も立ち止まり、見ると、僕たちの目の前の地面に紫色のゼリー状の物体が伸びていた。A4のコピー用紙くらいの大きさだ。


「ほら、ああいうゲームって、出てきたモンスターとか、魔物とかを倒して、経験値をもらうだろ…それでどんどんキャラクターのレベルが上がって、ステータスも上がって、強力な技とかも覚えてさ…」

「ああ、実際にプレイしたことはないけど、何となく知ってるよ…」


 そういう設定のラノベも最近は多いし。それより、この目の前のゼリーは何なんだろう。

 訝しがる僕に、早矢は頷く。


「で、これがこの世界の魔物…この世界ではヨコシマとかって言われてるけどね。それでこれを、こう。」


 と言いながら、早矢は、黒いブーツで紫ゼリーを踏みつけた。と、ぽしゅう、とボールから空気が抜けるような音がして、紫ゼリーは縮んでいき、消滅した。


「これで経験値獲得。ひたすらこれを繰り返して経験値を溜めると、霊力が増えてより強力な法術が使えるようになる、ってわけ。」

「ふーん、MPが増えて強い魔法を覚える、みたいな感じか?」

「そうそれ!」


 そういう間にも、早矢は、紫ゼリーが出てくるたびに踏みつけては消し、踏みつけては消しを続けた。この紫ゼリーのような邪はぷるぷる震えて佇んでいるだけで、直接素肌で触ったりしなければ特に害はないので、序盤の経験値稼ぎにうってつけなんだ…と早矢は言った。


「ちょっと文月も踏んでみるか?」

「う、うん…」


 またぞろ現れた紫ゼリーに、僕はおそるおそる歩み寄り、早矢のまねをして、踏んでみた。


 ぶよん。


 変な弾力を足裏に感じ、つづけて体重をかけてぐりぐりと踏みにじってみたが、紫のゼリーがぶよぶよするだけで、壊れもしないし、分裂もしない。

 

 ぶにぶに。


 なんだか弾力のあるもちもちしたものを、延々と足で踏んでいるだけになっている。

 間が持たず、助けを求めて早矢を見ると、早矢も困り顔で首をかしげていた。


「おかしいな…ちょっと踏んだらぶしゅってなるはずなんだがな」


 試しに早矢が踏んでみると、紫ゼリーはたちまち霧散した。


「…うーん、俺の靴は神器だから、それが関係あるのかも。文月の神器は?」

「これだよ。」


 胸ポケットから件の栞を取り出して見せると、早矢はまたもや弱り顔になった。


「うーん…」

「これで刺すのかな?」


 次に現れた紫ゼリーを、栞の先端でつついてみる。


 ぷるん。


 紫ゼリーは、ぷっちんぷりんのように震え…そして、また同じように佇んだ。


「…どうしたらいいのかな?」

「うーん…とりあえず、神器が関係するはずなんだ。そうだ、紫菀シオン都に白神器の武器が売ってたから、それで殴ってみたらどうだろう…」


◆◆◆


 2人で紫菀シオン都にとって返し、白神器の杖を買い(早矢が「旅人証」を見せると破格の値段になったし、その代金も早矢が払ってくれた)またお社の麓の丘に戻って、紫ゼリーと対峙し…数時間殴りつづけたが、なんの手ごたえも得られなかった。


「文月も神器が覚醒すれば、こんな邪、すぐ倒せるよ…」

「そうかなぁ…」


 この日数時間を費やして、僕が得た経験値は…ゼロ。当然、霊力とか、法術とかいうものは、一切身についているように感じられない。一方、早矢は紫ゼリーや、もう少し格の高い邪も何匹か蹴り殺し、順調に霊力上げが進んでいるようだった。

 夕暮れ、とぼとぼと紫菀シオン都に戻りながら、早矢はふと漏らした。


「俺、正直、ここで躓かなくてさ…ふつうに最初から邪を倒せて、ふつうに経験値も入ってくる感覚があって…どんどん霊力も上がっていったし…。だから、正直、どうしてあげればいいか分からない。ごめん、力になれなくて…」


「いや、謝らないでくれよ、こっちこそいろいろ…ありがとう。」


 僕は一応礼を言った。でも内心は、早矢の何気ない一言一言に、心を引っかかれるような思いだった。


(「俺は躓かなかった」ってなんだよ…「ふつうに」最初から倒せた…って。)


 早矢はまっすぐな性格だ。悪気はないのだし、ひねくれて、邪推しているのは僕の方だ。それは分かっている。

 それでも少しむしゃくしゃながら、紫菀シオン都までの短い道を黙って歩いた。

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