第4話 客人宿<八重葎>


 下り道だったこともあり、そこから10分もかからずに街に着いた。

 瓦葺、木造の家が多い。道は舗装されていないが、こぎれいだ。元城下街なんかで、古い町並みを残している観光地と、どことなく雰囲気が似ている。ここが紫菀シオン都ということらしい。


(これだけの街があって、建物があるってことは、巫女さんや羅山さん以外にも人はたくさん住んでるってことか…)


 とりあえず、無人島のような場所に一人放り出されていたわけではないことは確定し、ちょっとほっとする。

 それにしても、街へ着けば何とかなるだろう、と楽観的に考えていたが、夜の街は人通りもない。建物から明かりが漏れてはいるが、こんなどろどろの格好で、不審がられたり、捕まったりしないだろうか。

そもそもお金みたいなものも、一切持っていない。もともと現代日本にいたという羅山さんはともかく、巫女さんとの会話も成立したところを見ると、日本語は通じるみたいだが…。


「あーっ、客人マレビトさんですかー!?」


 途方に暮れていると、後ろから甲高い声が聞こえた。振り向くと、10歳くらいの女の子が、ぱたぱたと坂道を駆けてくるところだった。


「わたし、今日の係で、おやしろの前で待ってたんですけど…ごめんなさい、すれ違っちゃったみたい!」


 ふうふうと息を切らしながら、少女はようやく僕の前にたどり着いた。

 2つに下げた黒髪と、大きな瞳。ひざ丈くらいまでの鶯色の着物に、山吹色の帯を簡単に巻いている。


「わたし、客人マレビト宿のりんなっていいます。今日の客人マレビト様は、ウチでお世話しますから!」

「僕は文月…でも、僕、お金とか持っていないけど…」

「大丈夫です!客人マレビト様からはお代をいただきませんから。お代はお社からいただくことになっているんです。」


 りんなと名乗った少女が、今駆け下ってきた丘を振り仰ぐ。僕もつられて、そちらを見上げた。

僕のように異世界から来た人間は「客人マレビト」、僕が出てきた神社のような場所は、「お社」と呼ばれているらしかった。


「まずはウチに来て、お風呂に入って、着替えて、ごはんを食べて…お話はそれから、です!さぁ、行きましょう!」


 りんなはひときわ明るく微笑んだ。


◆◆◆


 りんなにぐいぐいと手を引かれ、連れてこられたのは、宿屋のような場所だった。

 彼女に促されて宿屋ののれんをくぐると、りんなによく似た素朴な瞳の男性が、カウンターのような場所に座っていた。


「お父さん、客人マレビト様連れてきたよーっ!」

「おうおう、いらっしゃい…ようこそ、客人宿<八重葎>へ」


 ニコニコと出迎えられ、僕はいささか気恥ずかしさを覚えながら室内に通された。


 りんなに言われるがままにお風呂に入った。さすがにシャワーはないが、浴槽になみなみと張ったお湯で、とりあえず汗を流すことはできた。お風呂上りには作務衣のような日常着に着替えさせてもらい、ごはんを食べた。ごはんは米、みそ汁と焼き魚で、なかなか美味しい。


 人心地ついて、これは日本の室町時代から江戸時代くらいの世界なのではないか…という感想が頭をよぎる。が、次の瞬間、りんながポータブルストーブを抱えて客間に現れたので、その感想は消え去った。


「これは、ストーブ?」

「はい、暖熱器ストーブです!なんか肌寒いかな、と思って…」

「ありがとう…ちなみに、どうやって動いているの?」


 これが令和の日本にあるあのポータブルストーブと同じ器具なら、電源が必要なはずだ。電気が通っている異世界なんだろうか?軽く辺りを見回したが、コンセントが見当たらなかった。


「どうって、これは白神器しろジンキだから…あ、もしかして神器の説明、受けてませんか?」

「うん、説明は全部紫菀シオン都の人がするからって、追い出されちゃったんだけど…」

「あー、またお社主様、めんどくさいからって説明を丸投げした!」


 りんなが口を尖らせながらストーブのスイッチを押す。すると、コンセントもつないでいないのに、送風口周りが赤く光り始めた。みるみるストーブの周りから温まっていく。


神器ジンキは、霊力を用いて、法術をす…そのための器です」


 りんなは改まった口調で説明を始めた。


◆◆◆


「たとえば、文月様が元いた世界には、<電化製品>というものがあったでしょう?あれをイメージすると、分かりやすいです」


 こくり、と僕は頷く。ちょうどこのポータブルストーブがそれだ。


「<電化製品>は、<電力>によって、何かしらの効果を生すでしょう。たとえばストーブは、<電力>によって、<温熱>を発する。電気スタンドは、<電力>によって、<光>を発する。」


 りんなに言われて、そういえば、と僕は天井を仰いだ。確かに蛍光灯やLEDに似た光源が、天井についている。あまりに自然で気づかなかった。


「瑞国では<霊力>が<電力>と同じような働きをします。<霊力>という「力」によって<法術>…熱を発したり、光を発したり…という「現象」が生される。それを生すための器が<神器>で…ですから、神器は<電化製品>のようなものなんです。もちろんこの世界には<電化製品>はないので、わたしはよく分からないんですけど…客人マレビト様はみなさん、そうおっしゃいます!」


 とりあえず頷きながらも、客人マレビト様はみなさん、という言葉に引っかかりを覚えた僕は、重ねて質問した。


「他にも僕みたいな客人がいるの?」

「はい、いますよ!ここにも最近来た方が、もう1人いるので…日中は外出していて、もうすぐ帰ってくると思います!」

「それは心強いな!知り合いかもしれないし…」


 きっとあの土砂崩れをきっかけに転移したのだとしたら、クラスメートたちもこの世界に来ているはずだ。ふだんあまり接点があったわけではないが、異世界に顔見知りがいると思うと何かと心強い。

 りんなは頷き、神器ジンキの説明を続けた。すらすら出てくる電化製品のたとえ話を聞く限り、客人宿のりんなは、異世界の人間に神器ジンキについて説明し慣れているようだった。


「このストーブもそうですが、一般的に使われている汎用の神器ジンキを<白神器>と呼んでいます。白神器は、中に<霊石>という霊力源が入っていて、それをもとに動きます。<霊石>は…そうですね、<電池>みたいなものです。」

「僕も神器ジンキをもらったんだけど、僕の神器も<霊石>で動くの?」


 僕は懐から銀色の栞を取り出してりんなに見せた。巫女さんに「決して壊したり、紛失したりしないように」と言われたので、一応肌身離さず持ち歩いていたのだ。


「いえ、客人様の神器は<黒神器>といって、特別なんです…。黒神器は、客人様おひとりおひとりの固有の神器で…<霊石>ではなくて、客人様自身の<霊力>で発動します」

「僕たち一人一人の、霊力?ということは…」


 りんながぶんぶんと首を縦に振る。そして、目をきらきらさせて。


「そうです。客人様は、自ら<霊力>をお持ちで、<霊石>なしでも<神器>を用いて<法術>を生せる…神様みたいな存在なんです!」

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