外に出てはいけません
烏川 ハル
外に出てはいけません
「ナオキちゃん、外に出てはいけません」
おじさんは、いつも僕にそう言っていた。
ずっと家に閉じこもっているのは退屈だったけれど、テレビゲームはさせてもらえたので、少しは気が紛れた。
ただしテレビは、ゲーム画面に固定。チャンネルを変えて、普通のテレビ番組を見ようとしたら、すごく怒られた。今のテレビは、子供の教育によくない番組ばかりだという。
でも、ある時から、ニュースや情報番組だけは見せてもらえるようになった。
「こういう番組ならば、子供のためにもなるからね」
僕を膝の上に乗せて、にっこりと微笑むおじさん。彼の笑顔を見るだけで、僕は心があたたかくなった。
今思えば、おじさんが幸せそうだったから、というのが理由の一つ。
そして、それまで見られなかったテレビ番組の視聴が許されたから、というのもあっただろう。特に「視聴が許された」というのは、僕の訴えが受け入れられたという意味だから、おじさんが僕の気持ちを理解して、譲歩してくれたのだ。
当時の僕は、そう感じていたに違いない。
ただし、おじさんが見せてくれた番組では、暗いニュースを扱っていることが多かった。
もちろん、おじさんがわざわざ暗い番組を選んでいたわけではなく、そういう世相の時代だったのだろう。あるいは「他人の不幸を笑う」というのも人間の本質の一部だから、テレビのバラエティやマスコミは、ついついそういうネタを扱ってしまうのかもしれない。
いや僕だって、当時視聴した番組全てを覚えているわけではなく、記憶に残っているものだけなのだから……。そもそも僕自身に「他人の不幸を笑う」という要素があるからこそ、それらが強く印象に刻まれたのだろうか。
何はともあれ、当時はそんな時代だった。
特に、社会に大きな影響を及ぼしていたのは、新型コロナウイルスの流行だ。テレビでは頻繁に「外出自粛」という言葉が流されており、
「ほら、見てごらん」
その度におじさんは、テレビの画面を指し示した。
「こうして、偉い人も言っているだろう? 『外に出てはいけません』って。ナオキちゃんだけじゃなくて、日本中の人々が今、家の中に閉じこもっているのだよ」
おそらく国会中継か何かだったようで、子供心に「立派な場所!」と感じていた。白髪の混じったお偉いさんたちが、ビシッとスーツを着こなしているにもかかわらず、口裂け女のようなマスクで顔半分を隠しているのは、滑稽とすら思えた。
ちなみに、口裂け女というのは、昔々に
「がいしゅつじしゅく、って何?」
「ハハハ……。今言ったばかりじゃないか。『外に出てはいけません』って意味だよ」
子供だから仕方ないなあ、という笑い方のおじさん。
正直、質問した僕の方でも、なんとなく理解できていた。子供というものは、その単語自体の正確な意味は知らずとも、ニュアンスくらいは伝わっているものなのだ。
テレビで繰り返される外出自粛の呼びかけ――「外に出てはいけません」という訴えかけ――のおかげで、それまで以上に納得して、おとなしく僕は家に閉じこもっていたのだが……。
ある日。
荒々しい音と共にドアが蹴破られて、外から数名の男たちが飛び込んできた。
「未成年者略取・誘拐・監禁の罪で逮捕する!」
男たちはおじさんを連れて行き、続いて僕を外へ引っ張り出そうとした。
「だめだよ! ころながあるから、おうちから出ちゃいけないの!」
そう言って抵抗する僕に対して、彼らは優しく声をかけた。
「そうだね。でも、ここはナオキくんのお
当時の僕には、意味がわからなかったが……。
それでも従うしかなかったし、今では彼らに感謝している。
(「外に出てはいけません」完)
外に出てはいけません 烏川 ハル @haru_karasugawa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
カクヨムを使い始めて思うこと ――六年目の手習い――/烏川 ハル
★212 エッセイ・ノンフィクション 連載中 300話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます