いいじゃん……!

夕藤さわな

第1話

 これ、プレゼント。


 ……うん、いや、わかってるよ。

 初めての結婚記念日は再来月。二十日。わかってる。

 大丈夫だよ、ちゃんとお店の予約もしたって。


 ……え、じゃあ、なんでって?

 今日、出かけたときにたまたま見つけて。キミに似合うかなって思って買ってきたんだよ。


 本当だってば。


 ……大丈夫。

 ゴミ捨て、忘れたりしてない。ゴミ箱見たでしょ?


 ……大丈夫。

 ズボンにポケットティッシュ、入れたまま洗濯かごに入れたりしてない。


 ……だから、大丈夫だってば!

 食器も割ってないし、こっそりお菓子も食べてない。冷蔵庫に入ってるキミのゼリーも……。


 あれ……うそ……四つとも同じ味じゃなかったの?

 え、あ……ごめん……それは、ごめん。うっかり……。


 違うって、本当にうっかり。

 だから……ゼリーの代わりに買ってきたんじゃないって。


 いや、ゼリー以外も何もないってば。

 ないって。なんにも隠してない。


 えー……本当だよ。本当だってば。

 何でもない日でも。何にもなくても。プレゼントしちゃだめ?

 夫からのプレゼント、うれしくない……?


 ***


 潤んだ目でじっと見つめると。キミはうっ……と、言葉を詰まらせた。しっかり者でお姉ちゃん気質のキミが、俺のこの目に弱いことは知ってる。


 わかった、わかった……と、ため息をつくと、


「……ありがと」


 キミはようやく、俺が差し出した小さな紙袋を受け取った。


 声が少しだけ固いのは、きっと、まだ疑ってるから。

 浮気でもしてるの? なんて、プライドの高いキミはきっと聞かない。

 思ってても聞かない。


 それに――。


「……っ」


 箱からプレゼントを取り出したキミは、無言で目を輝かせた。

 疑惑もなにもかも、一瞬で吹き飛んでしまった。しっかり者だけど、そういうところは単純で素直なキミ。


 シルバーのネックレス。小さな青い石が付いているだけのシンプルなデザインだ。ちょっと短めのチェーンで、首元で石が控え目に揺れるやつ。

 キミが好きなデザインだと思ったんだけど、まさにそうだったみたい。


 ネックレスから目を離さないまま。

 キミははにかんだ笑みを浮かべて、今度こそ心から、


「……ありがと」


 そう言った。


「どういたしまして」


 俺もにこりと笑った。


 ***


 よしよし、バレてない。上手くいった。

 これなら、明日には……。


 心の中で呟いて――俺はにこりと笑った。


 ***


 朝起きて、マグカップを二つ用意する。俺は柴犬、キミは黒猫の顔が描いてあるやつ。

 コーヒーを注いで、ダイニングテーブルに置いた。


 元々、俺は家で仕事をすることが多かったんだけど。

 今年の春からキミも家で仕事をすることが多くなって。キミが家にいる時間が増えて。

 良いことも、良くないことも、ちょっとだけ出来た。


 朝、二人でゆっくりと朝ご飯を食べられるのは良いこと。


 メガネをかけて、真剣な表情でノートパソコンの画面を見つめるキミの横顔を見られるのも良いこと。

 家に居るときも、遊びに行ったときも、付き合っていた頃も。生真面目な顔をしていることが多いキミだけど、仕事中の生真面目な顔はやっぱりちょっと違う。

 新しい発見。


 でも、会社の人に会わないし、外に出ないしで服装がラフになったのは良くないこと。

 シンプルな白シャツにジーパンってのはいいんだけど……。


 ***


 ドアが開く音がして、少しするとキミがリビングに顔を出した。

 首元には昨夜、俺がプレゼントしたネックレス。

 服装はジーパンと、襟元がゆったりとしたⅤネックのシャツ。ネックレスが映えるように、ゆったりした襟元の服を選んだんだ


「うん、やっぱりよく似合ってる」


 澄まし顔だけど、ちょっとだけ頬が赤くなってるキミの首元に手を伸ばす。

 細いチェーンを撫でる振りをして、すっと指を這わせた瞬間――。


 キミは顔を真っ赤にして飛び退くと、


「……っ」


 ゆったりとしたVネックの襟元を掻き寄せて隠してしまった。


 しまった……と、言わんばかりの俺の顔を見て、疑いは確信に変わったらしい。

 キミは怒った顔で唇を噛み締めると、くるりと背中を向けた。たぶん……いや、絶対に着替えにいくつもりだ。


 ***


 会社の人に会わないし、外に出ないしで服装がラフになったのは良くないこと。

 シンプルな白シャツにジーパンってのはいいんだけど……その白シャツが丸襟なのが良くない。首元近くまで隠れてしまう丸襟っていうのが、とても良くない。


 でも、だからって。天の邪鬼で照れ屋なキミは素直に言っても着てくれないじゃないか。見せてくれないじゃないか。

 付き合ってる頃にそこがキレイだ、好きだって言ったら、しばーらく隠してたのはどこの誰? しばーらく隠れるような服しか着なくなったのはどこの誰?


 だから、今回は本当の狙いが、バレないように気を付けたのに。

 キミが気に入りそうなネックレスを探してきたのに。

 新しくて買ったお気に入りのアクセサリーは、しばらく家でもつけてるキミの性格を読んで買ってきたのに――!


 あ、うん……そこまで読んでるってわかったから余計に怒ったんだよね。プライドの高いキミは。

 そうだよね、うん……わかるよ、わかるんだけど……。


「ねえ、もう朝ご飯できてるよ? いいんじゃない? 今日一日くらい、いいんじゃない? 折角、着たんだし」


 早足でリビングを出ていくキミの背中を、俺は小走りに追いかけた。

 寝室に戻ったキミは俺に背中を向けたまま、Ⅴネックのシャツを脱ぎ始めた。


 襟元がゆったりしていて、プレゼントしたネックレスと、

 キミの鎖骨がキレイに見える、Ⅴネックのシャツ――。


「ねえ、本当に着替えちゃうの? 洗濯物、増えちゃうよ? ねえ」


 いつもの丸襟シャツに袖を通すキミの後ろで、俺はおろおろ、うろうろ。


「ねえ。ねえ、ねえ……」


「うるさい!」


「うぶっ!!」


 くしゃくしゃに丸められたⅤネックのシャツを顔面で受け止めて、俺は呻き声をあげながら思った。



 そんなに恥ずかしがらなくたって、いいじゃん!

 隠さなくてもいいじゃん!


 見せてよ、鎖骨――!!

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