第二話

 入学式もつつがなく終わり、オリエンテーションもすむと、手持無沙汰だった俺は校内をうろうろと散策していた。

 暇潰しでもあったし、校内を把握する目的もあったが、もしかしたらあの先輩と再び遭遇する僅かな確率に、密かに期待していた部分もあったのかもしれない。


「にしても……どうしてこの学校はこんなに霊がウヨウヨしてるんだ」


 一人廊下を歩いていると、目の前を何体もの浮幽霊が通過していく。

 どれも害がない連中ばかりだから気にはしないが、ただの学舎にして些か多過ぎる気がする。

 まるでお化けの掃溜めのような校舎に、思わず溜め息が漏れてしまう。

 普通の生活を送りたくて、厳しい陰陽師の修行から抜け出したまでは良かったものの、入学を果たした高校はこの通り霊でウジャウジャ。

 悪さをしてこない限りは無視を決め込もうとしたが、を出してくるバカな霊も少なからず存在する。


「せっかく美少女を見つけても、こんな環境じゃやってられねぇよ」


 印を結んで襲いかかってくる霊を追い払いながら散策していると、ちょうど廊下の曲り角から期待していた彼女が姿を現した。

 何故か方位磁石を手にしながら。


「なんだ、早速校舎を探検してるの?よっぽどこの学校が気になるみたいね」


 こちらに気づいた彼女は、パッと向日葵のような笑顔を見せる。やはり可愛らしい女性だなぁ――

方位磁石持ってるけど。


「え、ええ。まさか先輩に会えるとは思いませんでした……けど?」


 こんなに早く再会できるとは、まさに僥倖と会話に花を咲かせようとしたその時――



 ぽ ぽ



 視線が釘付けとなった。

 違う意味で衝撃が走る。

 先輩の後を追ってくるように、曲り角から白いワンピースと白い帽子姿の女が姿を現したのだ。


「なんだ……こいつ」


 思わずその女を見上げた。

 何故なら、その女は天井に頭がつきそうなほどでかかったから。

 いくらなんでもそりゃないだろ。

 二メートルはゆうに越えるその高身長女は、「ぽぽ」と意味不明な呟きを繰り返しては、じっと先輩を見下ろしている。



 これ……ダメな奴だ。


経験でわかる。こいつが何かわからなくても、人畜無害な存在であるはずがない。


「あの……先輩」


「なぁに?」


「体調が悪かったりしませんか?」


「そういえばちょっと肩凝りが酷いかな。それより方位磁石が物凄く暴れてるんだけど、その原因がさっぱりわからないのよ」


 手にした方位磁石を眺め、先輩はぶつくさ文句を言っていた。

 普通の女子高生が方位磁石なんて持ち歩いていることにまず驚くが、こんな化け物が側にいて肩凝り程度にしか感じない先輩も大概化け物な気がするのだが……。

あまりにも鈍感で無防備過ぎる。


「と、とりあえず場所を変えましょうか」


「へ?どこに連れてくのよ」


 側にいるだけで冷や汗が止まらない巨大女から逃げるように、先輩の手首を握るとその場から急いで離れた――

振り返ると、のそのそと追ってきていた。



「もう、何も言わずにいきなり走り出すなんて失礼じゃない」


 プリプリ文句を言う平和ボケした先輩に若干イライラしながらも、空き教室に逃げ込んだ俺は扉の鍵を閉め、すぐさま教室の四隅に真っ白な形代を配置した。

 これで時間は稼げるはずだった。



「それって防御の形代?」


「コレ知ってるんですか?」


「ええ勿論よ。それくらい常識じゃない」


「そう、なんですか?」


 そっか~女子高生の常識って計り知れないんだなぁ。


「でも、それって確か自らに害を及ぼす対象へ使う形代でしょ?なんで君がその形代を持ってるのよ」


「う、それは……」


 まさかここで陰陽師でした、なんてカミングアウトしたその日には、引かれること間違いなしだろう。

 そして最悪なのは学校中にバレてしまうこと。

 そうなったらもう恥ずかしくて不登校になること間違いなしだ。


「えっと……そう!通販で買ったんですよ!ちょうどセールで安く買えたんです!」


「買った?セールで?」


 しまった……我ながらクソみたいな嘘だったが、万事休すかと思いきや何故か先輩は疑うことなく信じてくれた。

 むしろ――


「どこで買ったの?教えて!いくらで買ったの?」


 前のめりで何処で手に入れたのか問い詰めてきやがる。

 今時の女子高生ってそんなにオカルト好きなのか?

 しかし、ふざけてる場合ではない――

 気づいたら形代の半分は黒く焦げていた。


「先輩、あの天井に頭が届きそうな女って知り合いか何かですか?」


 教室の高い位置にある窓からは、今も真っ白な帽子が覗いていた。ちらちらとこちらを窺っている。怖い。


「ん?そんな女見えないけど。……ちょっと待って。君……霊感があったりする?」


 先輩は目を見開くと、肩を掴んで確認してきた。


「え、ええ、多少は霊感があるかと……」


「ふふふ……やはり私が見込んだ通りの男ね。良かったら我が部に入らない?たった一人で退屈してるのよ」


「ほ、本当ですか?入ります!俺入ります!」


 訳がわからないが、霊感があることがお気に召したらしく、ラノベでお馴染みの同じ部活というステータスを早々に得ることが出来た。

 なんだ、今日俺死ぬのか?



「で、話は戻るけど、君が見ているそのは白いワンピースに白い帽子をかぶって『ぽ ぽ』と呟いてないかしら?」


「そうですけど……どうしてわかるんですか?」


「そりゃわかるわよ。天井に頭がつきそうなほどの大女なんてそうそういないしね。その女の正体は『八尺様』で間違いない」


「八尺様?それってなんですか?」


「ナニかはわからない。ただ匿名掲示板で話題になった都市伝説の類いよ。その巨大さから八尺の名がついたらしいけど、さて……困ったわね」


「どうしたんですか?あの、もうじき形代がダメになりそうなんですけど……」


 四隅の形代は三つ目も真っ黒に焦げてしまい、残るはあと一つとなってしまった。

 それもチリチリと焼かれていく。

 万が一の時はを使えば問題ないだろうが、出来ればこの力の事を誰にも知られたくない。それは神楽坂先輩であっても。


「アレを退治する方法は生憎知らないの。だけど妙なのよね……」


「だから何を言いたいんですか。もう形代は限界ですよ」


「いや、八尺様ってね。性癖が特殊なの」


「は?こんなときに何を言ってるんですか?」


「八尺様は小さい男の子が好きと言われてて、大人には興味を示さない。私はもちろん君も高校生だから対象外のはずなんだけどね……あ」


「何をわけのわからない事を――どうしたんですか?」


 先輩の視線が、ある一点で止まり、つられて俺もその先を追った。

 そこには本が積まれている。

 手書きの漫画だろうか。何冊か埃をかぶって山積みされているが、そのどれもが薄かった。


「これ……同人誌ですね」


 手にとって捲ると、情熱リビドーだけで書いたと思われる稚拙な内容に頬がひきつる。

 これは……オネショタというやつか。


「あ!そうよ!それを奴に投げつけてやるといいわ」


「……ああ!そういうことですか。もう時間もないしやってみます」


 馬鹿らしいとは思うが、もう四つ目の形代も限界を迎え、扉がガタガタと暴れ始めていた。

 南無三!と念じながら扉を開き、八尺様目掛けオネショタ本を投げつけてやると、


「ぽぽぽぽぽぽぽぼぽ!!」



 奴は気が触れたように雄叫びをあげ、すぐさま本を拾い上ると溶けるように姿を消していった。


「もしかしたら、ここに好みの本があることを感じ取ったのかもしれないわね」


「いや、どうでもいいですけど」






「そういえばそんな事もあったわね」


 ある意味初めての部活動の思い出を話すと、あっけらかんと答える先輩。

 無自覚に怪異の世界に首を突っ込む彼女が、危なっかしくて見てられなかった俺は仕方なく現代怪異研究部に入部することになった。


「あのときは大変だったんですからね……。そういえば、どうしてあの日桜の樹を眺めてたんですか?先輩が花を愛でるような女性でないことはとうに理解してるんですけど、そこだけわからなくてモヤモヤしてるんですよね」


「失礼ね。私だって花くらい愛でるわよ。あの桜の樹の下にはね、人の死体が埋められてるって噂されてるのよ。それを養分にした桜の樹があんなに美しい花を咲かせてるって考えたら、なんだか愛おしくなっちゃってね」


「……やっぱ先輩は揺るがないですね」


 相変わらずどこかおかしい先輩のことが、それでも好きだった。

 先輩と二人きりの放課後は面倒なことばかりだけど、それでもこんな日々が続けばいいな、そんなふうに思った放課後だった――



 完

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現代怪異研究部は今日も一波乱ありそうです きょんきょん @kyosuke11920212

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