終 新たな旅立ち

「それじゃあ、行ってきます」



「おう、気をつけてなタイタスさん。アンタには無用な心配かもしれないが」



「そんなことないですよ、ありがとう」



勇者ダイチ…タイタスが握手を交わした相手は、港町の衛兵長だ。ダイチが「タイタス・ライト」というで冒険者を始めて、1年になる。空から落ちてきた直後、重傷を負っていたダイチを街の人たちは温かく迎え入れ、看病してくれた。お礼にダイチは、港町の悩みの種だった海賊たちから彼らを守る約束をしたのだ。



それから、色々な事があった。



港町を襲ってきた海賊を返り討ちにし、逆に海賊たちの根城に乗り込んで壊滅させたら、海賊の女頭領がタイタスに惚れて追いかけてきたり。


蛇竜サーペントを操っていた邪神の教団を壊滅させ、その戦いの中でミーシュの精霊使いの才能が覚醒し、邪神教団に封印されていた水神がミーシュに加護を授けたり。



魔王討伐の旅に負けないくらい、濃密な1年間を過ごした。



港町の朝日を反射して、タイタスの鎧や篭手ががわずかに虹色にきらめいた。タイタスに倒された蛇竜サーペントの分厚い鱗で拵えたスケイルアーマーだ。他の装備は衛兵長が、詰所の倉庫をひっくり返して用意してくれた。


目と口の部分に細長く切れ目スリットが入った、くすんだ鋼鉄のフルフェイスヘルム。傷だらけの武骨な長方形の盾ヒーターシールド。古びているが十分実戦に堪える代物である。


あとは、いつから倉庫にあったのかすらわからない、巨石を括り付けたハンマー。巨石と柄の部分に古びたルーンのようなものが刻まれているが、どんな効果があるか不明。ただの飾りかもしれないという。


重すぎて持ち上げることすら難しく、長いこと埃をかぶっていたが、タイタスがこれを軽々と振り回して「ちょうどいい」と発言したため、譲り渡すことになったのである。




「お待たせ!」




元気な声にタイタスが振り返ると、ミーシュが小麦色の健康的な肌にうっすらと汗をにじませ、息せき切って走ってくるのが見える。



「よし、ミーシュ。目的は覚えてるか?」

「はいっ!」



びしっ!とタイタスに少し大げさな敬礼して、ミーシュが応える。



「水の都アクアブライトに行って…おいしい料理をおなか一杯食べる、であります!」

「むむ…正解っ!」



タイタスは笑って、ミーシュの頭をわしわしと優しく掴む。

頭をなでられたミーシュは、頬を少し朱に染めて「にしし」と笑い返した。



本当は水の都にある大神殿で、水神の加護を得たミーシュの身に何が起こったのか調べるのが目的だ。



ただ、ミーシュ自身の体調に異変が生じているわけではない。むしろ元気いっぱいなので、特に急ぎの用事とも言えない。加えて交易の要衝の一つである水の都アクアブライトは、豊富な海産物で美食の都市として知られているのも事実だ。



すでにこの1年でタイタスの豪傑ぶりは街に知れ渡っており、ミーシュの旅の同行者として誰も異論を挟む者はいなかった。



「旅立ちか・・・」



ふいに郷愁を感じて、タイタスがつぶやく。思い出すのは1年前、魔王城での事だ。



「まさか、あの護符が機能するとはなあ」



魔王城で見つけた護符。装備した者が死んだ瞬間、別の場所で蘇生させるという古代の秘宝だ。



確率で護符自体が破損するうえ、転送先は完全ランダム。蘇生という効果自体は強力だが、装備品としてはギャンブル枠である。



「ま、転送先が溶岩の中…とかじゃなくて良かったよ」



しかもなぜか「捨てゼリフ録音機能」までついていた。



調子に乗って、皆に隠れてちょっと中二病的なセリフを録音してしまったのが、タイタスにとって痛恨だ。



「戻ってくるぞ~!…なんて、はぁ、ゼッタイ聞かれてるよな…」



復讐どころか、絶対あの国には戻れない。恥ずかしくて悶え死ぬ。



幸い、転送された場所はヴァルカニア海洋国連合(の遥か上空)。タイタスが召喚されたエルダイン王国や、魔王城があった雷鳴霊峰からは遠く南方に離れた地だ。交通機関の発達していないこの世界では、ここまで来るのは容易ではない。



「それに、あの痛すぎるセリフを聞かれてたとして、あれだけ脅しかけとけば追手も来ないんじゃないかな?たぶん。いや、かえって血眼で探すかな?はは、悩むわー」



もう一つ心配だったのは勇者の再召喚だったが、この点も心配ないのではという結論を出していた。根拠は自分自身の変化だ。



どうもあの護符は、対象者の蘇生が不完全らしい。



圧倒的な身体能力はそのままだか、天井知らずだった膨大な魔力や「勇者」独自の権能スキルが一部失われているのを確認している。



実は記憶の一部も曖昧であり、もはや自分は職業ジョブとしての勇者とは呼べないのではと思うのだ。



苦笑いしか出てこないが、悩んだところで答えは出ない。それに…



「あのは大丈夫かなあ…」




思わず呟く。あの身代わりの護符、魔王あのむすめも持っていたのだ。起動するのを確認したから、よほどのことがない限り生きているだろう。



儚げで、死にたがりで、頑固な魔王。起動した瞬間に護符を破壊することもできたが、なぜか見逃してしまった。



蘇生された彼女はどう思うだろう。なぜ止めを刺さなかったとタイタスを責めているだろうか。もし再会できたら、もっとゆっくり話をしたいものだ。



「あの娘ってだれ?」



ちょっと頬を膨らませて、ミーシュがタイタスを見上げている。タイタスは笑いながら少女のにポンと手を置いた。



「ん、ミーシュみたいに助けたかった娘がいたんだ。」

「ふーん」



小首をかしげる少女を見て、タイタスは再び笑った。今は過去を振り返るのはよそう。この世界、冒険の種は尽きない。




「よし、美味いもん食うぞー!」

「おー!」




街の人達に見送られながら、二人は笑顔を交わす。その旅立ちを祝福するかのように、中天の太陽がきらりと輝いたのだった。



おしまい

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勇者暗殺 スエコウ @suekou

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