3 落ちてきた男
小さな港町の夜。
静かな水面に、月が映し出されてゆらゆらと揺れている。
浜辺に並ぶ漁師小屋の窓からミーシュは一人、月を見上げていた。
まだ少女といっていい年齢だ。両親は数年前に漁に出た先で
月のきれいな夜には、ミーシュは窓から夜空を眺めて思い出す。
両親がいつも枕元でお話ししてくれた「空からやってきた勇者」のおとぎ話。悪い魔法使いに支配された街を、天から降りてきた勇者が救うという話である。
話の大筋は変わらなかったが、両親はいつも話を少しアレンジして聞かせてくれたので飽きなかった。
両親が怪物に襲われたとき、「勇者様」は現れなかった。
現実とおとぎ話は違うのだと小さなミーシュは身をもって知った。今となってはそのことは恨んでいない。これまで海の怪物の被害は年々増えており、犠牲になった漁師は両親だけではなかったのだ。
ロウソクの火を吹き消すと、小屋は宵闇に包まれた。ミーシュはベッドに潜り込んで誰にともなく「おやすみなさい」とつぶやいた。
涙が枯れ果てるまで嘆き悲しんだとしても、生活はしていかなければならない。
翌朝。
雲一つない晴天に太陽がかがやき、穏やかな水面に反射している。少し沖では漁師たちが、数隻の小舟が浮かべている。
少し沖合で大人たちに混じって、ミーシュは漁をする。日に焼けた肌に汗を浮かべて、投網を一生懸命引き上げている。
「大丈夫か?」
近くのボートから、漁師が声を掛ける。
「無理するなよ」
他のボートから、別の漁師が言う。
「うん」
ミーシュは手を止めずに応える。以前と比べすっかり無表情になってしまった少女を、漁師たちは不憫に思っていた。
…不意に、海面に黒い影走り、海面が山のように盛り上がった。
周囲のボートが激しく揺れる。そして呆然とするミーシュの前に現れたのは、巨大な海蛇。漁師の一人が悲鳴をあげる。
「さ、
怪物は魚類特有の、感情の読めない巨大な眼球で少女を見下ろしている。怪物を隙間なく覆う分厚い鱗が、陽光にあたってギラリと光った。
少女は小舟の上で立ち尽くしたまま身動きできなかった。ゆっくりと蛇竜の口が開く。ミーシュは今にも襲い掛からんとしている怪物の前で、自分の周りだけ時間がゆっくり進んでいるように感じた。
これから自分は両親と同じ運命を辿るのだろう。そうして心に浮かんだのは、いつも両親が聞かせてくれた、空から勇者が舞い降りるおとぎ話だった。
空を見上げる。怪物ではなく、そのさらに上の抜けるような青空を…来るはずのない「勇者」を夢見て。
「え?」
ミーシュが思わず声に出したのは、それが人に見えたからだ。降り注ぐ陽光の中にポツンと浮かんだ黒い影。それは
陽光のちらつきに気づいた化物が、弾かれたように頭上を見上げる。
「…ぉぉぁぁあああー!」
悲鳴を上げながら落ちてきたのは、人だった。
そして、ミーシュと同じくぽかんと口を開けた
「…」
「…」
突然の出来事に皆…飲み込んだ当の怪物でさえ動けず…静まり返っている。ボートを打つさざ波の音だけが響いていた。
と、ゴゴゴゴという空気のうねりと共に、蛇竜の身体が細かく振動し始める。そして…
次の瞬間、怪物の頭が粉々に吹き飛んだ。
魚肉のミンチをまき散らしながら全裸で飛び出したのは、浅黒い肌と白金の頭髪を持つ青年。右拳をまっすぐ天に突き上げ、そのまま天高く飛び立ちそうなポーズで、ミーシュの頭上を飛び越える。直後、青年は失速しそのまま海面に叩きつけられるように落下した。
「ゴボゴボゴボゴボ」
「ああっ、沈んでる沈んでる!」
「…た、大変だ!」
ミーシュが思わず叫び、我に返った漁師たちがあわてて青年の救助に動き出す。
青年が無事に引き上げられたのを確認すると、ミーシュは小舟の上でへたりこんだ。そしてぷかぷかと浮かぶ
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