2 虚ろな凱旋
「ご苦労であった」
王が三人の美女をねぎらう。
勇者の死体を持ち帰った三人は、国王に謁見していた。勇者暗殺は極秘任務。国民には、勇者は魔王と相打ちになったと伝えられた。
「つらい任務だったが、よく耐えてくれた。これで平和が保たれる」
王は穏やかに語り掛けるが、ひざまずく三人の表情は暗い。
勇者召喚が禁呪とされたのは理由がある。歴代勇者が皆強欲な人でなしばかりだったからだ。その戦闘能力のせいで、かえって動乱の元凶になることも多かった。
三人も小さいころから、歴代勇者の暴挙を聞かされて育った。
当初は、嬉々としてこの暗殺任務を引き受けた。勇者は傲慢なろくでなし、女の敵として教え込まれていたからだ。女の手で殺されるのが当然と思っていた。
しかし勇者ダイチは彼女達の予想とは違っていた。温厚で謙虚で、仕事熱心な青年だった。右も左もわからないまま突然魔王討伐を言い渡されたにもかかわらず、熱心にこの国の言葉、文化、宗教を勉強し、魔法や剣術の訓練に打ち込んだ。
旅が始まると、行く先々で困っている人々を助けて回った。それでも助けが間に合わなかったとき、判断を誤ったときは、己の力不足や偽善を嘆き、犠牲者に向かって涙を流して手を合わせていた。
いつしか三人は、本当にダイチに心惹かれるようになっていた。
自分たちの本心に気付いたのは勇者を殺した後だった。三人は勇者の死体にすがって泣いた。
帰還の旅は陰鬱なものになった。
最も年少のウルハは特に憔悴しきっており、旅の間じゅうダイチの死体のそばで膝を抱えてうずくまったまま、離れようとしなかった。
「それでは、勇者の死体をここへ」
臣下の一人が命じる。今広間にいるのは、この暗殺計画を知るごく一部の人間だけだ。中央には、魔法陣が描かれた台が設置されている。
近衛騎士たちが乱暴に、死体を台の上に置いた。
首のない死体。聖なる鎧には、大量の血液が黒く乾いてこびり付いている。遅れて、死体袋からごろりと転がったのはダイチの首だ。三人は顔をそむけた。
死体を持ってきたのは、ダイチの装備を外すためだ。勇者の装備は本人の意思でしか着脱できず、強制的に外すには魔術的な処置が必要だった。宮廷魔術師達が進み出て、儀式を開始する。魔力が注ぎ込まれ、台に描かれた魔法陣が輝きだす。
そして唐突に、魔法陣の光が消えた。
戸惑いの声を上げ、顔を見合わせる魔術師たち。
「どうした?」
王の問いに、魔術師が応える。
「魔力を注入したのに、魔法陣が起動しません。何か別のものに吸収されているような…あッ」
魔術師が驚きの声を上げ、皆が一斉に台のほうを振り返った。
勇者の死体が、燐光を帯びていた。そして胸のあたりから首飾りが浮かび上がり、きらきらと魔法の光を放っている。
モイラが叫ぶ。
「ウルハ、あれは!?」
「古代の秘宝…身代わりの護符…」
ウルハが呆然とした表情で返す。
「なんだと…」
ウルハの返答に、王がうめく。
「あの首飾りを破壊しろッ」
王が怒鳴るのとほぼ同時に、首飾りが甲高い音を立てて砕け散り、同時に勇者の死体が消える。がらんがらんと音を立てて、勇者の装備が床に散らばり…そして大広間に恐ろしい声が響き渡った。
『よくも…』
『よくも殺したな…』
『戻ってくるぞ…』
『必ずだ…必ず…』
呪詛の残響が消えるまで、大広間の誰も動けなかった。
「ああああ!」
絶叫とともにと聖女が崩れ落ち、嗚咽を漏らした。闘姫は真っ青な顔でガタガタ震えている。周囲は騒然となった。
「馬鹿者共めッ」
豹変した王が憤怒の形相で三人をなじった。
「しくじりおって、あやつを敵に回すとは…」
圧倒的な力を誇った魔王。
そしてその魔王を、単騎で滅ぼした勇者ダイチ。
真っ向から対抗できる戦士など、いるはずがなかった。
「あはははは!」
突然の、狂ったような笑い声。
全員がぎょっとしてその主…魔女ウルハに視線を注ぐ。
「ウルハ…」
「あはは…当然の報いよ!こんな事、正しいわけがない!」
「ウルハ、落ち着け」
「うるさいッ!」
なだめようとしたモイラを突き飛ばすと、ウルハはよろよろと護符の残骸に近づいた。突然の狂乱に誰も動けない中、ウルハは膝をついて散らばった護符の欠片をかきあつめ、愛おしそうに胸に抱いて天を仰いだ。
「ああ…ダイチ。愛しい人」
ウルハは、笑いながら泣いていた。
「わたし待っているから。必ず復讐してね。誰よりも惨たらしく私を殺して」
沈黙が支配する王の間で、魔女の狂ったような笑い声だけが、虚しく響いていた。
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