庄司秋琉という人物
円藤邸に到着すると、絹葉さんに事情を説明された。
応接間に今回の依頼人———つまり僕を指名してきた人物を待たせているらしい。
絹葉さんはなんとも、歯切れの悪そうな表情をしている。
「まぁ、その……人間関係というかね?事情というかがあるとは思うのよ」
「はぁ」
「もしかすると気を悪くするような話かもしれないわ。だけど———いくら待つことになってもいいと言っていてね。話を聞くだけでも———」
発言もまた要領を得ない。
僕はいい加減しびれを切らして「その、つまりどういうことですか?」と問いただした。
「
———ああ、と納得した。
つまり、そういうことか。
互助組合に所属してから僕の実績を考えれば、わざわざ指名がかかるわけがない。僕個人を指名するというのなら、それはすなわち、互助組合に入る前の実績に着目した人物ということになる。
とある怨念の封印術式。それこそが僕がこれまでやってきた仕事だった。
絹葉さんはかなり心配というか、かなり僕に気を使った様子であった。しかし僕は「話を聞きます」と短く告げて、依頼人の待つ応接室へと向かう。
確かに気分が良いということは無いが、それにしたって腫れ物に触るような雰囲気があった。
「おや、久遠さまお気づきになられてませなんだか?」
「はい?」
「絹葉刀自は久遠さまのことが怖いのでありまする。キレる10代とお思いでございますれば」
———はい?
怖がられる要素があるようにも思えない。むしろいつ追い出されるか戦々恐々として生きている。加えて僕はもう10代じゃなかった。それを言うならキレる20代ではないか。
「追い出すということはあり得ないと思いまするが———ともかく、おキレになると何をするか分からないと思われている節がありまする。実のところ、私から見ても久遠さまのいざという時の行動力には感服しておりますれば」
「そうでしょうか?」
「左様でございます。これまでも、真実を追い求めるために依頼人を罠にはめるようなことをしておりましたでしょう?正直な話、私は痛快でございました。嘘とか虚に逃げないあり方は尊敬いたしておりまする。ただ、絹葉さまからすると———」
何をしでかすか分からない爆弾ということになるらしい。
そんな立派なものでも無ければ、そこまで畏れられるようなことでもないと思う。僕はだた———そこに視えるものを蔑ろにしたくないだけなのだ。
因果から外れ、呪いや怨念という形に押し込められたものたち。
彼らは他人事ではない。僕には彼ら彼女らの姿が視えている。視えているということは、彼らと僕は同類であるということになる。彼らと同じ世界に片足が入っている。
———ならば死後、僕がそうならないという保証があるだろうか?
ただ、それだけなのだ。
「そういう次第で、久遠さまが庄司のお嬢様に何かしでかさないか———と心をお配りになってらっしゃるのだと思いまする」
「しでかすって……何もしませんよ。そもそも秋琉って人との関りもありませんでしたし」
見て見ぬふりをしたくない。ならば、庄司秋琉がどのような依頼をしにきたのか。それも見ないふりはできないと思う。
「———あなたが座間久遠さん?」
応接間に到着する。
彼女———庄司秋琉はちょこん、と小さな体躯をソファに預けていた。座り方には育ちの良さが感じられる。
はい、と答えるとぷるぷると体を震わせ始めた。
顔を俯かせ、肩を揺らす彼女の様子は尋常ではない。
どのような感情なのだろう。
もしかすると———怒り、だろうか。
事情を整理すると、彼女がここまで来た理由はおおむね想像がつく。
僕が封印していた呪いがなんらかの形で噴出した。
それはなぜかと言えば、僕があの家を去ったからだ。もちろん、順序が逆で『僕が追い出された』というのが実際のところだけど———人間という自分勝手な単位が、それを正確に理解できるわけがない。
「ほ、ほ、ほ————」
ほ、という奇声が断続的に漏れ聞こえる。
過呼吸か、さもなくば泣き出す寸前か———
その異様な様子に動揺したのか、藤子さんも「もしやバルタン星人でございまするか?」とよくわからない例えをつぶやいている。
「……ほ?」
「ほ———ホントにいた————!!!!!」
庄司秋琉はまるで火山のように、僕の肩をつかんで揺すりながら叫び出す。
「すっごい!すっごいよ!マジでいるんだ!え?ってことは怪奇現象もホントにあるってコトじゃんッ!」
うっひょー、とは言っていないが、そのうち言い出しそうである。急に興奮しだした彼女の様子に、僕はどう対応するべきか測りかねた。
先祖代々会社の人柱をやっていたけど事業仕分けされたのでフリーの退魔師になります。呪いが溢れたからって呼び戻してももう遅い! 佐倉真理 @who-will-watch-the-watchmen
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