新しい依頼

 沙也加お嬢さんとセキ氏の説によれは次は殺人ウサギが襲ってくるとのことだったが、その後殺人ウサギが現れることは無かった。

 それどころか15時30分に関連した怪に遭遇することも無かった。全国規模のUFO事件解決に駆り出されたり、日本に現れたスレンダーマンと対決したり……割愛するが、とにかく平凡な日々を過ごすこととなった。


 そうした事件を乗り越えることで、藤子さんとのコンビネーションも深まっていった。


「―――匂いがいたしまする。生臭い、水のような魚のような―――あちらですね」


 藤子さんが呼び指した方向を停止の千里眼で視る。

 ―――いた。緑色のぬめぬめとした魚人のごとき人影が。


「います。停止させました」

「では」


 いきまする、と。

 藤子さんが切りつける。河童はその刃によって霧散していく。


「―――しかし河童とは。きゅうりは食べていらっしゃいまするか?」

「食べてませんでしたね」

「残念でございまする。わたくし、実は河童さんが好きな妖怪なのでございまする」

「それは……変わってますね」

「可愛らしくて好きでございますれば。できれば直接視たかったのでございまするが」


 それにしては躊躇なく切りつけていた。視えていたらかえって切れなくなるでのはなかろうか。


 藤子さんは相変わらずとらえどころがない。

 ただ、これまで付き合ってきて悪い人でないことも確かだった。


「―――藤子さん」

「はい?」


 依頼人から謝礼を貰い、東京への帰路。

 時間も遅かったので夕飯は駅弁にして、車内で食べていた。もっきゅもっきゅ、と一心不乱に食べるその姿を眺めているその最中、僕は彼女に少し踏み込んだ質問をしたくなった。


「藤子さんは、どうして退魔師に?」

「む―――どうして、でございまするか」


 藤子さんはしばし迷った様子を見せた。どう答えたものか、と迷っている様子である。


「答えたくなければいいんですけど」

「いえ。そういうことでは無いのでありまする。わたくしは―――そうですね。

いうなれば成り行きなのでございまする。わたくしは別に退魔の家の出というわけではありませぬ。しかし、小さなころから私の嗅覚は普通の人とは違うものを嗅ぎ付けておりました。そのため、両親も姉弟もわたくしを、妙な目で見ていらっしゃいました」

「―――別に恨んではございませぬ。当たり前のことです。逆の立場なら同じように思ったことでございましょう。それで、いつのころからか悟ったのでありまする。普通の世界で生きるのは不可能だ、と」


 だから、退魔師になったのだという。


「―――もし、ですよ。もし、その嗅覚がなければ、普通の生活を送ったと思いますか?あるいは、これからその能力が無くなったら―――普通の生活に戻りたいとか」

「むむ。これまた難しい質問でございまする。考えたことは―――無いわけではありませぬな。もし自分が普通の人間だったら。そうだとしたら、全く違う人生を送ったことでございましょう」


 全く違う人生。

 もし、僕がそうなったら、どうなるのだろう。

 想像がつかなかった。

 しかし考えてみれば、少し前まで九頭鬼の封印のことしか考えてこなかった。そういう人生しか無いと思っていた。だが、蓋を開けてみればこうして自分を受け入れて、一緒に仕事をしてくれる人がいる。だったら、意外と馴れるものなのかも知れない。


 時折、僕は考えるのだ。もし、今の人生とこれまでの人生とを天秤にかけたら、どうなるのか、と。今の方が幸せなのか、かつての方が幸せだったのか。


 今の自分は、あるべき自分では無いと思う。

 しかし、あるべき自分に戻ったら戻ったで、そのときは今を懐かしんでしまうのでは無いか。


「家族や社会に普通に受け入れられて、普通に就職して、誰かと結婚していたことでございましょう。―――ああ、実はわたくしの実家、結構よい家柄なのでございまする。わたくしが普通の人間であれば、政略結婚などに使われていたと思いまする」

「……それは、いずれにせよ人生は規定されたものなんですね」

「ええ。―――まぁ、それに比べれば現在の方が自由に近いのかも知れませぬな。それがよいことなのか、悪いことなのかまでは判断できませぬが」


 そう。わからないのだ。

 規定された人生と、自由な人生。いずれにせよ、よい面もあれば悪い面もある。

 

「しかし、一つ言えることがございまする」

「それは?」

「もし、これからこの能力を失ったとしても―――わたくしは全てを忘れることはありませぬ。円藤家の皆様に拾っていただき、久遠さまと出会い、そして魔を退ける仕事をしたこと。辛いことと、楽しいことがあったこと。それが無くなることは消してありませぬ。それは―――」


 それはきっと、よいことなのではありませぬか?

 藤子さんはそういった。

 自分で聞いておいてなんだか、彼女の言葉をどう判断していいか、分からない。



 


 

「おや。久遠さま、新しい依頼が入っているようでございまする」


 藤子さんのスマホに絹葉さんから連絡が来たのだという。

 それもわざわざ、指名されたらしい。


「藤子さんにですか?」

「いえ。入ったのは———久遠さまの方にでございまする」


 自分に?

 なぜ、誰が、どうして———という疑問が浮かぶ。

 確かに方々で退魔の仕事を受けて、一応の解決を見せることもあった。しかし、正直なところ僕にはクレームが何件かついている。事態は解決したが、依頼者の心証を損なうケースばかり受け持ってしまったからだ。そんな僕に指名が入るなど———ちょっと考えにくい。


 ともかくも、実際に会ってみないことには始まらない。

 絹葉さんが言うには依頼者本人がすでに円藤邸にやってきているらしい。それなりに緊急をようする案件であるとのことで、僕たちの帰りを待っているとのことだった。

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