庄司グループ本社ビル

9つの首を愛でる鬼の話

 ここに一冊の同人誌がある。

 大正時代、作家志望の青年が書いたなんてことはない、掌編小説である。高名な文学賞を取ることも無ければ、そもそも一般の流通ベースにも乗らなかった。ただ、それだけの小説である。

 そのままなら忘れ去られる運命にある。いや、忘れられるべきものだった。


 ―――しかし。その一冊は確かにこの世界に存在している。

 そして、どこかに存在しているということは誰かに読まれる可能性がある。それが読まれれば、忘れ去られるだけだった文字の羅列は物語へと意味を変えることになるのだ。


 それは一般的には素晴らしいことだろうとは思う。

 だけど、そうでは無い。


 その同人誌はとある連続殺人鬼の話だった。

 江戸時代の話である。女の首を刈ることでしか愛情を感じることも表現することもできない異常者がいた。ただ―――刈る、ということは殺すことでもある。男は常に愛に飢えていた。


 男は合計、9人の女性を殺し、その首をコレクションした。もちろん、首は腐り落ちてくから、そのたびに新しい首を探していった。


 その、最後の一人。

 それが当時の豪商だった庄司家の娘だった。

 

 男は娘に引き付けられた。娘も男に引き付けられた。

 ふたりは駆け落ちして家を離れ―――そして、その先で男は女の首を刈って殺した。こうして男の愛はまたしても果たされた。


 ―――だが。残された者たちにとって、それは後悔でしかない。

 もっと彼女を大事にしていれば、もっと彼女を気にかけていれば。あの男が近づいてきた時、もっと警戒していれば。


 消えない後悔は、やがて憎しみへと転嫁される。

 このままでは済まされない。

 可憐だったあの娘を殺したあの男に仇討を果たさないことには、きっとあの子は報われないはずだ。自分たちも報われることは無い。


 そうして、娘の兄が仇討を計画した。

 用心棒に侍を雇い、方々を歩き回り、妹の首を刈った男の行方を捜した。

 ―――そうして、5年がたち。ようやく、兄はその男を発見した。


「お前もあの子と同じ目に合わせてやる」


 その執念だけで男を探し回った。

 その執念だけで今日まで生きてきた。 

 その執念の通り、悪鬼のごとき男を殺した。


 その死の間際、男はとある呪いを残した。

 ―――それは果たされることのない呪い。死した人間が生者の世界に影響を及ぼすことなどできない。男がどんなに怨念を残そうとも、死した上ではかなわない。


 ―――だが、呪詛を受けた男にとって、それは意味を持っていた。


「お前の娘が生まれれば、そのたびに私がその首を愛でてやる。あの子と同じように、絶対に現れる。仕方がないことなんだ。そうでしか、私は恋をできないのだから。仕方がないだろ?」


 その、おぞましい呪詛。

 それは男にとってみれば、まぎれもない悪夢の始まりだった。



 この作品はあくまで創作である。

 大正時代、とある青年が書いた小説に過ぎない。


 ―――しかし。この作品にはモデルとなった資料があった。


 豪商である庄司家に伝わる資料である。

 呪詛を掛けられた娘の兄は、手を尽くして自分の家族を、これから生まれる子孫を守ろうと考えた。

 四方八方、手を尽くし、様々な霊能力者、高僧、憑き物筋、陰陽師などを訪ね歩き、呪いが実現しないよう……実現しても対処できるよう、資料を残した。未来への遺産として。


 その遺産が大正時代、作家志望の青年の手に渡ったのだ。ここに書かれた資料を基に、その呪いの始まりを物語としてしたためた。


 その同人誌はこの世界のどこかにまだ残っている。

 誰かが、それを読む可能性がある。そしてそれが読まれれば―――それは、呪いがこの世界に再び現れることを意味していた。

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