1章 2話 エンドロールと答え合わせ
気が付くと、アラマサは真っ白な空間に立っていた。困惑したようにあたりを見回すアラマサ。そこに声がかけられる。
「おや、お目覚めですか」
そこには、先ほど倒したはずのウルトラが立っていた。もしや連戦か、と身構えるアラマサに、ウルトラは笑いかける。
「いいえ、さすがにそこまで鬼畜な仕様ではありませんよ。私は貴方に討たれました。つまり、ゲームクリアです。おめでとうございます。貴方がこのゲームをクリアした世界で最初のプレイヤーですよ」
ウルトラがゲームクリアを告げるとともに、真っ白な空間の上空に、巨大なゲームタイトルと、称号獲得を知らせる通知が現れた。その後、エンドロールと思わしき文字列と音楽が流れ始めた。
アラマサは、しばらくぽかんとしていたが、徐々に実感が湧いてきたのか、口元をほころばせた。
「そっか、俺、本当にクリアしたんだな」
「はい。クリアされました」
アラマサは、大きく伸びをした。そして、すっきりとした表情で言った。
「ゲームで遊ぶのって初めてだったからさ。実際にクリアしたら自分がどんな気持ちになるかわからなかったんだよな」
ウルトラは驚いたようにぽかんと口を開けた。
「初めてだったんですか」
アラマサは苦笑して答えた。
「ああ。これまではそういう娯楽みたいなのに触れるほど余裕のある人生じゃなかったからな」
じゃあ、とウルトラは口を開いた。
「聞いてあげます。今どんな気持ちですか?」
その問いかけに、アラマサは考えるように腕を組み、言葉にするのは難しいな、と言った。
「なんて言えばいいんだろうな。自分の全力を出し切った解放感っていうか、嬉しいけど、どこか寂しいっていうか」
そんなアラマサの様子を見て、ウルトラが再び問いかけた。
「じゃあ質問を変えます。【ウルトラインパクト】は楽しかったですか? 私は、私たちは、プレイヤーを楽しませることができましたか?」
真剣な表情で問いかけるウルトラに、アラマサは一切の迷いなく答えた。
「ああ、楽しかったよ。まあ、攻略してるときは文句言ったりもしたけどさ、クリアして振り返ってみると、やっぱり楽しかったなっていうのが感想だよ」
アラマサの答えに、ウルトラは綻ぶような笑顔を見せた。
「それなら、よかったです。本当によかった」
そういえば、とウルトラは続けた。
「先ほどまでの戦闘のリプレイ動画があるのですが、見ますか?」
「そうだな、いろいろ聞いてみたかったこともあるし、見るよ」
アラマサは答えた。ウルトラとは、これまで戦闘中に短い言葉を交わすことはあっても、お互いのことをよく知ることができるほどの会話をしたことはなかった。
アラマサの返答を聞いたウルトラは、立ちっぱなしもなんですから、と言ってパチンと指を鳴らした。
すると、何もなかった場所に、二人掛けのソファが現れた。凝った装飾が施されており、大きめの玉座のようにも見える。ウルトラは自らが作り出したソファに座ると、アラマサに座れというように、隣の空いたスペースをポンポンと叩いた。
「どうぞ」
言われるまま、とすん、と腰掛けるアラマサ。それを確認してから、ウルトラは大きなウインドウを展開した。
『10458回目の戦闘リプレイを再生しますか?』
ウルトラはシステムの問いかけに了承した。ウインドウに先ほどまでの戦闘の様子が再生され始める。
戦闘の最初の形態である、ローブ姿のウルトラを見てアラマサは質問した。
「ずっと疑問だったんだが、このローブ姿の時に使う魔法って何種類あるんだ? 少なくとも、これまでの戦闘で同じ魔法を見たことは一回もなかったと思うんだけど」
ああ、と何でもないことのようにウルトラは言葉を返す。
「フェーズ1の時に使っている魔法は全て即興で考えてますよ。フェーズ1――魔法特化形態において私にかけられている制限は二つです。一つ目は最大で5回までしか魔法を使えないということ、二つ目は近接戦闘ができないということです」
その代わり、MPの消費を考えずに限界まで出力を引き上げた魔法を打てるんですが、と続けるウルトラ。一方アラマサは頭を抱えていた。
「やっぱりか。そんな気はしてたんだよな。一つ質問なんだが、プレイヤーはどういう対策をとると想定されていたんだ?」
「逆に聞きますが、どういう対策をとったんですか?」
「毎回使う魔法は違うとはいえ、何回も挑戦していれば傾向というか、使う魔法の好みみたいなものが分かるようになってくるだろ? それに、似たような魔法の時は魔法陣の形も似ていたからな。魔法陣の形から魔法を予想して、回避行動をとってたよ」
「なるほど、そういうことでしたか」
合点がいったというようにポンと手のひらを叩いたウルトラを見て、アラマサは半目になった。
「多分だけど、開発側としては、使う魔法は固定するか、バリエーションがあったとしても一桁くらいで済ませる想定だったんじゃないのか?」
ウルトラはすました顔で言った。
「それならそうと設定しておいてほしいものですね。てっきり私の裁量で自由にしていいものかと」
「我が強すぎるだろ......」
げんなりした様子のアラマサは、再びウインドウの方を見る。いつの間にかリプレイ動画内の状況は移り、フェーズ2の戦闘が始まっていた。
「フェーズ2にも何か制限みたいなものがあったのか?」
アラマサの問いかけに、ウルトラは答えた。
「フェーズ2の時、私は魔法全般の使用が禁止されています」
「なるほど、だから5000回目くらいの時に、鑑定魔法を使ってもばれなかったのか」
「5109回目ですね。あの時のアラマサは、ぼうっと立ったまま私に吹き飛ばされましたね」
アラマサは遠い目をして言った。
「ああ。フィールドに展開された武装のデータをとりあえず収集したかったんだよな。その日は徹夜で武装の効果とステータスの確認作業をしてたよ」
「どうりで、それ以降の戦闘では攻撃が相殺されるようになったわけですね」
ウルトラは、得心したように頷いた。
「流石に、武器は毎回ランダムってわけじゃなかったんだな」
「ええ。武装の製造には魔法を使う必要がありますから。元から用意されているデータに形を与えて展開しているだけですよ」
リプレイ動画では、アラマサが隠していた短剣をウルトラに突き刺す様子が映し出されていた。その様子を見ながらウルトラは言った。
「うまく隠してましたね」
「正直賭けだったけどな。ぶっつけ本番でうまくいってよかったよ。最後にどの武器を残すか考えて、戦闘を誘導するのはかなり大変だった」
「なるほど、道理で余裕がなかったわけですね」
「そういうこと」
そうこうしているうちに、リプレイ動画はついに、フェーズ3のウルトラと聖剣を抜いたアラマサの戦闘の段階まで進んでいた。動画内の自分が抜いた聖剣を指さして、アラマサは質問した。
「聖剣って、フェーズ3にしか効かないんだよな?」
ウルトラは、はい、と応じ説明を始めた。
「フェーズ3の私は、一言でいうと超火力・紙耐久です。僅かでも私の攻撃が当たり判定に引っかかれば即死します。しかし、対抗手段がなければプレイヤー様にとってただの回避ゲーになってしまい、面白くありません。そのための対抗手段が聖剣です。聖剣はフェーズ3の攻撃ダメージを軽減します」
加えて、とウルトラは続けた。
「聖剣はフェーズ3に対する特攻属性が付与されています。私の紙耐久と合わさって、当たればワンパンですね」
そこまで説明したウルトラは、そういえば気になっていたのですが、とリプレイ動画を指さした。そこには、突然瞬間移動したようにウルトラの懐に入り込むアラマサの姿があった。
「あれ、どういう原理だったんですか? 私、聖剣に関するデータの閲覧権限がないので、詳しい効果を知らないんですよね」
「ああ、やっぱり知らなかったのか」
アラマサは答えた。
「あれは聖剣の特殊スキルらしい。使用者と相手の距離を斬るとかどうとか」
え、とウルトラは目を見開いた。
「ずるい。チートじゃないですか、それ」
「理不尽の権化が言うなよ」
アラマサは、すかさずツッコミを入れた。同時に、リプレイ動画の再生も終了した。
「終わったな」
「終わりましたね」
エンドロールもいつの間にか終わっており、静寂が訪れた。先に口を開いたのはウルトラだった。
「これからどうするんですか?」
アラマサは大きな伸びをしながら答えた。
「とりあえずログアウトしたらすぐに寝るかな。すっきりした気持ちで、いい夢が見れそうだし」
「いえ、そういうことではなく、もう【ウルトラインパクト】にはログインしなくなるんですか、という意味です」
キョトンとするアラマサ、ウルトラの方を見ると、どこか寂しそうに、不安そうに瞳が揺れていた。
「【ウルトラインパクト】には追加コンテンツも、やりこみ要素もありません。一度ゲームをクリアしてしまえば、やることはそんなに多くないでしょう。一つのゲームをクリアしたら、さっさと次のゲームに移るプレイヤーも多いと聞きます」
貴方はどうですか、とウルトラは言った。アラマサは答えた。
「いやいや、まだやりたいこと沢山あるし、明日もログインするつもりだったんだけど」
「何をするんですか?」
「え、今みたいな、たわいもない話とか」
は、と意味が分からないというような顔をするウルトラ。その様子を見て、だから、とアラマサははっきり説明することにした。
「これまでは、ゲームをクリアすることに夢中で、ゆっくり話せなかったからさ。これからは色んな話とかしたいなって思ってるんだけど、ダメかな。っていうか、もし嫌じゃなかったらって感じなんだけど」
言っていて気恥ずかしくなったのか、アラマサはワタワタしだした。それを見て、ぷ、とウルトラが噴出した。そして、お腹を抱えて笑い出した。
アラマサは、顔を赤くして言った。
「こういうの慣れてなくて」
ウルトラは、目尻に浮かべた涙を指ですくいながら答えた。
「いえ、そう言ってくれて嬉しいです。そういうの、私も貴方とやってみたかったんです。現実世界でのお話とか、いろんなことを話せたらなって、ずっと思ってました」
アラマサは、よかった、と笑った。
「じゃあ、また明日、ウルトラ」
アラマサの身体が光の粒子となって消えていく。仮想世界エクスワールドから現実世界に戻っていくのだ。
「はい、また明日、アラマサ」
ウルトラは、小さく手を振りながら見送った。
その背後、何もない空間に小さな黒いノイズが奔ったことに、気が付いた者はいなかった。
『ログアウト完了、現実世界へお帰りなさいませ、アラマサ様』
気が付くと、アラマサは自宅のリビングに立っていた。右手には、エクスワールドを展開するための起動カードリッジ――エクスパスを握っていた。四角形のフォルムを持つエクスパス、その表面には、【ウルトラインパクト】のゲームタイトルと、ラスボスであるウルトラのデフォルメされた姿が表示されている。
アラマサは空いた方の手で、近くの壁に表示されたウインドウを操作した。
「久しぶりに湯船張るか」
ウインドウには室温や湿度、電化製品の制御情報などが表示されていた。アラマサは湯船を張るように設定すると、張り終わる時間に合わせてタイマーをかけた。
その後、アラマサはエクスパスを手で玩びながら、何気なく窓の外を見た。夕方ごろからログインしたため、すっかり日は落ちてしまっていた。ネオンやホログラムによる広告が夜の都市を照らしている。
アラマサが暮らしているのは、拡張都市リヴァスという名の最先端の研究都市である。エクスワールド技術をどこよりも早く取り入れたことにより、かつては地方の一都市に過ぎなかったリヴァスは急速な発展を遂げたのだ。
夜が更けたにもかかわらず、喧噪にぎやかなリヴァスの街並みをしばらくぼんやりと見つめていたアラマサだったが、湯船の準備完了を告げるタイマーが鳴ったため、カーテンを閉め、風呂に入る準備を始めた。
異変が起こったのは、アラマサが風呂から上がり、ゆっくりとリラックスしていた時のことだった。テーブルに置いたエクスパスから、突然、バチッという異音が鳴ったのだ。
「ッ、なんだ?」
アラマサが慌ててエクスパスを手に取ると、エクスパスの表面には黒いノイズが奔っていた。初めての出来事に、アラマサが困惑していると、エクスパスからホログラムが表示された。それは警告文だった。
『警告:ファイル破損の可能性があります。破損が深刻な場合、エクスワールドがクラッシュし、ログインすることができなくなる可能性があります』
システムの機械音声は、想定しうる限りで最悪のアクシデントが起こりかけていると告げていた。
「なんだって!?」
クラッシュ――エクスワールドのデータが何らかの要因によって破損してしまう現象である。しかし、堅牢なシステムのエクスワールドにおいて、クラッシュが起こる確率は限りなく0に近いはずであった。
「何もしていないのに壊れた、とかシャレにならないぞ! ウルトラは大丈夫なのか!?」
『クラッシュした場合、エクスワールド内のデータは一時的なバックアップ領域に移行する仕組みになっています。バックアップ領域からのデータ回収サルベージには現実世界からのアクセスが必要ですが、データ回収サルベージには専門のライセンスが――』
システムの説明を聞いたアラマサは、すぐさまエクスパスの起動スイッチを押した。
『警告:不安定な状態でのログイン試行を確認。安全性が保障できません。最悪の場合、現実世界に返ってくることができない可能性があります。操作の中止を推奨します』
アラマサは別れ際のウルトラの笑顔を思い出していた。ウルトラの笑顔をもう二度と聞けないかもしれないと思うと、胸に鋭い痛みが走った。そしてその痛みは、アラマサにシステムの警告を無視させるには十分なものだった。
「うるさい! いいからさっさと展開しろッ!」
『警告: 警告: 警告:―――――』
エクスワールドの強引な展開。鳴り響く警告音の中、エクスパスを中心として、【ウルトラインパクト】のエクスワールドが展開されていく。そして完全に展開したエクスワールドでアラマサが見たのは。
「嘘だろ......」
赤黒い染みのようなナニカに浸食された空間。染みは現在進行形で浸食を続けており、システムの異常を知らせるウインドウですら、染みに触れられた瞬間ノイズとともに消滅してしまっていた。
アラマサの目の前には、つい数時間前の戦闘における崩壊とは違う、明らかに異常だとわかる崩れ方をした世界が広がっていた。
「一体、何がどうなってるんだ......? ウルトラはどこにいるんだ!?」
アラマサは、駆け出した。
ヒロインは最強(ラスボス)くらいがちょうどいい @GoodName_Man
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ヒロインは最強(ラスボス)くらいがちょうどいいの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます