1章 1話 最強(ラスボス)と相対する者

 アクションゲーム【ウルトラインパクト】の名を冠する仮想世界。


 巨大なコロシアムで、アラマサとウルトラは対峙している。


 何百人もの観衆を収容できるであろう観客席には誰もいない。


 赤と金を基調とした魔法使いのような姿のウルトラに対し、アラマサは要所を守る装甲と、背中に背負った華美な直剣、そして腰に佩いた武骨な直剣というシンプルな姿であった。


 ウルトラが口を開き、口上を告げた。


「ようこそ、戦士アラマサ。数多の猛者を倒し、よくぞここまで辿り着きました。私はこの世界の頂点に君臨する者、ウルトラ。貴方には私に挑む権利があります。私に挑戦しますか?」


 アラマサは答えた。


「もちろん。っていうか、このやり取り毎回しないといけないのか? もう何回目だよ」


お約束ですスキップできませんので。あと、回数でいうと今回で10458回目ですよ」


 軽口を叩きながら、二人は構えをとった。ウルトラは右手を前に突き出し、その五指にはめた指輪を露わにした。アラマサは腰の直剣を抜き、半身の姿勢になった。そして、戦闘開始のカウントダウンが始まった。


『戦闘開始まで、3、2、1――』


 二人しかいないにも関わらず、コロシアム全体の空気が緊張感を増していく。そして。


『0、戦闘開始』


 戦闘が始まった。アラマサは、何かの液体が入った小瓶を頭上高くに放り投げた。ウルトラは、右手の五指にはめた指輪の一つ、赤い指輪を光らせ、呪文を紡いだ。


煉獄爆炎インフェルノ・ノヴァ


 次の瞬間、アラマサの足元に巨大な魔法陣が浮かび、そして大爆発が起こった。煉獄爆炎――このゲームにおける最強の範囲炎魔法がアラマサを襲ったのだ。あらゆる装備の耐久値を無視する固定ダメージがアラマサのHPを一瞬で0にした。しかし。


「いくぞ」


 ウルトラが目にしたのは、爆炎を切り裂いて駆けてくるアラマサの姿だった。アラマサは最初に放り投げていた蘇生薬で、0になったHPを全回復したのだ。


 ウルトラは驚いた様子もなく、青い指輪を光らせ、再び呪文を紡いだ。


氷河凍砲グレイシャル・カノン


 ウルトラの前に魔法陣が浮かび、あらゆるものを凍結させる氷のビームが放たれた。アラマサはあらかじめ知っていたかのように、大きく横にステップすることでそれを回避し、ウルトラに向かっていく。


 ウルトラは続けざまに黄の指輪を光らせた。


地裂怒涛アース・ドランク


 ウルトラの足元に魔法陣が現れ、そこを起点として隆起した地面がアラマサに迫った。しかしアラマサは足を止めず、逆に隆起した地面を蹴って前に飛び、さらにウルトラとの距離を詰めようとする。


 ウルトラもあらかじめこの状況を想定していたように動じず、さらに緑と白の指輪を光らせた。


暴嵐矢雨テンペスト・アローズ轟雷一閃ケラヴノス・ブレイク


 ウルトラの背後に緑と白の魔法陣が浮かび、暴風の矢と轟雷がアラマサを襲った。アラマサは大きな盾を召喚し、矢を防いだ。さらに自分から後ろに飛び退ることで、衝撃を受け流した。そしてそのまま大きく身をひねり、まっすぐに放たれた轟雷を紙一重で躱す。


 ウルトラの背後の魔法陣が消えるとともに、ウルトラがはめていた指輪が全て砕け散った。その瞬間、アラマサは再び全速力で駆けだした。一瞬のうちにウルトラに肉薄し、直剣を振るう。


 鋭い銀の一閃が、ウルトラのローブを切り裂いた。切り裂かれたローブから溢れ出すように赤い衝撃波が放たれ、アラマサは大きく吹き飛ばされた。


「ッ!」


 体勢を立て直そうとするアラマサ。その時、ローブを切り裂かれ、インナースーツが露わになったウルトラが口を開いた。


「まあ、ここまではいつも通りですね。さすがに試行回数の勝利というか。フェーズ1は完全に攻略されてしまいましたね」


 そう言いながら、ウルトラは使い物にならなくなったローブを脱ぎ捨てた。アラマサが体勢を立て直しているのをちらりと確認すると、では、と今度は左手を前に突き出した。そして。


「では、次に行きましょう。武装展開アームドアップ


 次の瞬間、フィールド上に無数の武器が召喚された。剣や槍、斧だけでなく、弓矢やメイスもあった。それだけでなく、青い装甲がどこからともなく召喚され、ウルトラに装着されていく。脚部、腕部、胸部、そして最後に、フルフェイスの兜がウルトラの頭部を覆った。鎧を身に纏ったウルトラは、手短な地面に突き刺さっていた大剣を掴み、軽く振るった。そして言う。


「ウルトラ・フェーズ2、変身完了。第2ラウンドの始まりです」





 先ほどまでの魔法使い然とした姿とは正反対の、騎士のような姿に変身したウルトラは大剣を構えた。対するアラマサも、直剣を構えなおす。一瞬の静寂の後、二人は同時に駆け出した。


 剣同士の衝突。凄まじい轟音が響き、両者の剣が砕け散る。すぐさま両者は手短な武器を掴み、再度振りかぶる。


 アラマサは大剣を掴み、横なぎに振るう。ウルトラは戦斧を掴み、掬い上げるように振るう。


 再びの衝突、そして砕け散る武器。


 二人は一度大きく飛び退り、互いに距離をとる。その後、アラマサは炎のような真紅の魔剣を、ウルトラは氷のように透き通った魔剣をそれぞれ掴むと、大きく振るった。


 「爆ぜろ」


 「凍てつけ」


 アラマサの魔剣からは爆炎の奔流が迸った。対するウルトラの魔剣からは氷嵐が吹き荒れた。爆炎と氷嵐の衝突。二つの魔剣の力はほぼ互角だったのか、爆発が起こった。しかし、両者はその結果を確かめる前に次の武器を手に取って駆け出していた。


 武器を変え、立ち位置を変え、戦場を縦横無尽に駆け回りながら二人は打ち合いを続ける。


 両者は、互いの武器に対する最適解が分かっているかのように武器を選び、振るう。魔剣には魔剣を。魔槍には魔槍を。魔弓には魔弓を。戦闘の余波によって地面は抉れ、壁は砕け、無人の観客席は崩れていく。破壊に比例するように、戦場からは次々と武器が消えていく。


「あれ、もう最後ですか」


 何合目かもわからなくなるような打ち合いの後、砕け散った武器を放り捨てながらウルトラが言った。戦場には、もう二つの武器しか残っていなかった。ウルトラは息も乱しておらず、それどころか残念そうな顔をした。


「もっと楽しみたかったのですが。しかし、フェーズ2も対応されてしまうとあっけないものですね」


 アラマサも同じように、使い物にならなくなった武器を放り投げ、しかしウルトラとは違い、肩で息をしながら言葉を返した。


「随分余裕そうだな」


 ウルトラは笑って答えた。


「頂点に君臨する者は常に余裕を持っていなければいけないんですよ」


 ウルトラは、残りの二つの武器の一つ、黄金に輝く豪奢な剣を掴んだ。


「その余裕がいつまで持つかな」


 そう応じてアラマサは、残りの二つの武器の一つ、鋼鉄の武骨な剣を掴んだ。


 互いに武器を構える。どちらの武器も、使用者のステータスを最大限に引き上げる効果を持っている。


 二人は同時に武器を振るった。金と銀の斬撃が交差する。二人は肉薄し、鍔迫り合う。


 ウルトラは至近距離で囁いた。


「それは悪手ですよ」


 拮抗は一瞬だった。アラマサが押し負けたのだ。アラマサの剣が砕け散る。一方、ウルトラの剣にはひびが入っているものの、形を保っていた。ウルトラは尻もちをついたアラマサに剣を向ける。アラマサは何も言い返さず、ただじっとウルトラを見つめている。


「ステータス勝負であれば、最強である私が負けるはずがないじゃないですか」


 ウルトラはそのまま剣を振り上げる。


「惜しい。詰めが甘かったですね」


 黄金の剣が振り下ろされた。しかし。


「ッ!」


 アラマサは振り下ろされた剣を、右手の小手で受け流すと、そのまま下からウルトラの懐まで入り込む。そして、予め裾に隠しておいた短剣をウルトラの鎧の隙間にねじ込んだ。


 ウルトラが話している間、アラマサは一度もウルトラから――正確には、ウルトラの剣から目を離していなかった。ウルトラの強者としての余裕を突いたギリギリの賭けであった。そして。


「っ、これは......」


 ウルトラが口から赤い液体をこぼした。アラマサが刺した短剣には、相手のレベルに関わらず固定ダメージを与える毒が付与されていた。固定ダメージがウルトラを蝕んでいく。


「なるほど。フェーズ2も攻略されましたか」


 ウルトラはそう言いながら、アラマサに拳を叩きこむ。吹き飛ばされるアラマサ。


「やっと、やっとです」


 口元の血をぬぐいながら笑うウルトラ。ウルトラの鎧は、役目を終えたというように光の粒子となって崩れていく。その後、再び露わになったインナースーツに不気味な文様が浮かびあがり、明滅する。


解放リベレイション


 ウルトラの宣言。直後、ウルトラから白と黒の衝撃波が全方位に向けて放たれた。


 咄嗟に防御体勢をとるアラマサ。衝撃波の放出は数秒で終わった。防御体勢を解いたアラマサが目にしたのは、白と黒の禍々しい装甲に覆われたウルトラの姿だった。


「ウルトラ・フェーズ3、変身完了」





 禍々しい姿に変身したウルトラ。しかし、変化が起こったのはウルトラだけではなかった。


吸収ドレイン


 ウルトラがそう呟くと同時、パキパキパキ、という音とともに空間が砕け始めたのだ。そして、空間の崩壊と比例するかのように、ウルトラから発せられる圧力が増していく。


「本当に長かったですよ。生まれてからここまで。私のこの姿を見たのは貴方が初めてです」


 ウルトラは嬉しそうに言った。アラマサは、増していく圧力に一筋の汗を流しながら答えた。


「それは光栄だな」


 アラマサはそう言いながら、背中に背負っていた直剣を引き抜いた。キィン、という澄んだ音とともに、美しい刀身が露わになった。アラマサが抜いたのは聖剣ハバキリ。【ウルトラインパクト】において、真の力を開放したウルトラに唯一対抗し、妥当する武器として用意されたプレイヤー最強装備である。


 ウルトラはハバキリを構えるアラマサを見て、笑った。


「聖剣を抜きますか」


「ああ、前回は抜き時を間違えたんでな。今回は失敗しない」


 二人は同時に動いた。ウルトラの必殺の蹴りが放たれた。アラマサはそれをハバキリで受ける。バキバキバキッ、という轟音とともに、蹴りとハバキリの衝突点周辺の空間に亀裂が入り、崩れていく。アラマサは返す一撃を放った。避けられると思われた一撃はしかし、ウルトラの胴体をとらえた。ウルトラのHPゲージが削れていき、急速に0に近づいていく。しかし、ウルトラのHPは1から減ることはなかった。アラマサは声を荒げる。


「まさかお前ッ」


「ええ、即死無効ガッツもちですよ? 奥の手は隠しておくものです」


 初見殺しに固まるアラマサの隙を突き、一瞬のうちにウルトラの拳に凄まじい力が集中すると、即座にその必殺の拳が放たれた。


極撃ウルトラインパクト


 【ウルトラインパクト】の名を冠する一撃。その威力は、拳が放たれた方向の空間ほぼ全てが崩壊するほどであった。当たれば即死、当たらなくても即死、ゲームオーバーは確実に思われた。だが。


「おや、ウルトラ驚きました」


 ウルトラが見つめる先、崩壊した空間の中に、細く未知のような領域が残っていた。そしてその端に見えるのは、ハバキリを地面に突き立て、膝をついたアラマサの姿だった。


 ウルトラは息も絶え絶えな様子のアラマサを見て言った。


「まさか、あの一瞬にハバキリの刀身で極撃を受け止めるとは」


 アラマサは体中から異音を響かせながら立ち上がる。ハバキリで受け止めたとはいえ、そのダメージを完全に受け止めることはできず、アラマサのHPは1になっていた。アラマサは強引に息を整えながら言った。


「どうせならハバキリを振るえないように掴んでおくんだったな。詰めが甘いんじゃないか?」


 見え透いた挑発。しかしウルトラはそれに律義に言葉を返した。


「私の即死無効に気付いた時の貴方の顔、とても面白かったですよ」


 崩壊した世界の中、場違いな二人の笑い声が響き渡る。そして一瞬の静寂。アラマサがぽつりと呟いた。


「次で終わりだな」


 ウルトラも呟いた。


「次で終わりですね」


 じゃあ、と二人の声が重なり、再び二人は同時に駆け出した。互いに小細工なしの全力の一撃が放たれる。


極撃ウルトラインパクト


 ウルトラの会心の一撃がアラマサに迫る。しかし。


幅斬れハバキレ


 ウルトラの眼前からアラマサの姿が消えた。否――


「なっ!?」


 アラマサは一瞬のうちに、まるで二人の間の距離を斬ったかのように肉薄していた。そしてウルトラの必殺の拳を紙一重で躱し――ハバキリの刀身がウルトラをとらえた。


「おおおおおおおおッ!」


 アラマサは咆哮とともに、ハバキリを全力で降り抜いた。


 ウルトラのHPが0になった。崩れ散るウルトラの身体を抱きとめるアラマサ。


「最後の、あれは......ウルトラやばかったですね」


 ウルトラのとぎれとぎれの声に、アラマサは答えた。


「奥の手は最後まで隠しておくものです、だろ?」


「――確かに、そうですね」


 ウルトラは、どこか肩の荷が下りたような、すっきりとした表情で笑った。


 パラパラと崩れていくウルトラ。同時に、かろうじて残っていた残りの空間も完全に崩れていく。


 世界が完全に崩壊する直前、ウルトラは言った。


「次は負けません」


 アラマサはその言葉に、笑って返した。


「次も勝つよ」




 直後、世界は白い光に包まれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る