宇宙時代の何気ない運び屋生活の一コマ(尊い存在編)

和泉茉樹

宇宙時代の何気ない運び屋生活の一コマ(尊い存在編)

     ◆


 ィーム星系にプラチナ混合液を届けたが、そこで俺たちを待ち構えていたのは、厄介な相手だった。

 ヴァーミリオンサンの幹部の一人が待ち構えおり、サイレント・ヘルメスにリキッドクリスタルを二十ケース、運んで欲しいという。

 それだけなら良かったが、期限がギリギリで、俺はふざけているふりをして「なら、さっさとここを離れたいね」と言ってみたが、最悪なことにその幹部は「そう言わずに酒でも飲んでいけよ」と応じてきた。

 これはやばい、とさすがに俺も気づいた。

 ヴァーミリオンサンとトラブルはないが、他の指定組織のいくつかとは、残念ながら良好な関係とは言えない。

 どうやら目の前にいるくそったれは、どこかの誰かと結託して俺と相棒とヘルメスに、無理難題を課しているらしいと思うよりなかった。

 リキッドクリスタルを二十ケース、というのは末端価格になるとんでもない額だ。

 とんずらしたくても、荷物を押し付けられている以上、ただ逃げたとは解釈されない。大量のリキッドクリスタルを持って逃げた、となれば、はっきり言って生死問わずの賞金首になるのは確実だ。

 そして銀河中の賞金稼ぎが俺たちを狙ってくる。

 酒なんか飲めるか、と言いたかった。しかし幹部の護衛のサイボーグ野郎がさりげなく持っている銃の安全装置を外したので、何も言えない俺だった。

 結局、半日も酒盛りに付き合わされ、俺は酔えもしないのだった。

 ィーム星系の惑星ィマーラの地表を離れたのは、通常の行程では目的地の惑星クリアファにたどり着いた時には、半日の足が出ている時だ。

 これは破滅するかもしれない。

 操縦士席に座った俺は舌打ちしながら船の各装置をチェックする。本当は離陸前にするが、その時間も惜しかった。

「どうしてこうなるんだろうな」

 隣の副操縦士席で大柄なテクトロン人が、事態を把握してないこと丸出しの、淡々とした口調でそんなことを言うが、俺の知ったことか。

「とにかく、まずはスイングで加速する」

 スイングバイの手法は古い手法だが、効果的だ。

 大気圏を突破し、重力を利用してぐるりと惑星を回りながら加速し、そのまま虚空へ飛び出した。

「へい、相棒、超衝撃中和装置とソリッドブースター、エネルギーチャージャー、全部起動しろ」

 自殺行為だな、と応じながらも相棒の太い指が操縦室の各種パネルをいじり始める。

 サイレント・ヘルメスは本来の推進器の、三連環ハイブリッド推進器だけでも充分に速いが、それをさらに増速させる装置が搭載されている。

 ソリッドブースターは外付けの推進器で、めったに使うことはない。ヘルメスに搭載されているそれは古い型で、しかも極端にチューニングされているので、安定性も安全性も度外視している。

 それをいじった違法改造業者は、あと八〇万ユニオあれば少しはマシになる、と言ったが、俺は聞こえないふりを押し通した。俺たちの経済状況で八〇万ユニオが簡単に出せるわけがない。

 エネルギーチャージャーは、三連環ハイブリッド推進器の推力を強引に底上げする装置で、こいつを使うと推進器の寿命がごっそりと減る。加速力は魅力だが、俺としては使いたくない。

 仕事でどれだけ稼いでも、結局は船が壊れてそれを直すのに銭が消える、ということの繰り返しをも加速させるのが、エネルギーチャージャーだった。

 相棒にセッティングを任せ、俺は電子端末で最短の航路を計算していた。コンピュータに手伝わせて、コンピュータだけなら二十分かかる計算を、俺は十五分でできる。惑星ユークリッドに生まれたことを感謝する場面だ。

 セッティングの完了を告げた相棒が、こちらを見るのに、俺は笑みを返してやる。手元では計算から導き出された航路が、ヘルメスの航行コントロールシステムに入力されている。

「決死の航路が見つかったぞ。あとは運任せだ」

「お前といると、こんなことばかりで、もう慣れたさ」

「へい、エルネスト、本当に今度ばかりは死ぬかもしれんぞ」

 俺は言いながら、準光速航行を起動するレバーに手を置いた。

 その俺の手を、相棒のでかい手が止めた。

「なんだ?」

「本当に死ぬのなら、俺は降りたい」

「大丈夫だ、死なないさ」

 根拠は? と言いたげな眼差しをサングラスの向こうから感じたが、堂々と視線を返すと、相棒はため息を吐いて俺の手を離した。

 俺は有無を言わさず、即座にレバーを押し倒した。

 星が流れ、次には操縦席のスクリーンにいくつもの表示が出る。

 俺はのんびりなどしていられない。超衝撃中和装置が不具合を起こせば船はバラバラになるし、リキッドブースターの稼働状態をチェックしないと、船が明後日の方向に飛ぶ。エネルギーチャージャーの推進器への強制励起作用のバランスをとらないと、やはり船が消滅する。

 ガクンと船が揺れた。副操縦士席で、相棒が口元を歪める。

「気にするな」俺はつまみを調整する。「リキッドブースターのバランスが乱れただけだ。ほんの一億分の一秒だよ」

 ガツンともう一度、船が揺れる。

「今のはリキッドブースターの一番の方がもたついた。やっぱり一億分の一秒だな」

 たまらんなぁ、と相棒がぼやくが、自分が消滅する寸前を見ていたいのか、操縦室を出ていくようではない。

「お客様、ベルトを締めてください」

 ふざけて俺が言っても、相棒は何も言わない。しかしベルトは締めた。俺も締めておこう。

 スクリーンには警告表示がいくつも出てきている。やっぱりリキッドブースターがぐずつく場面が多い。安物の骨董品のブースターに殺されると思うと、後悔しかない。次にブースターを積み替える時は、もっとマシな奴にしよう。

 電子端末が警告音を発する。

 俺はスクリーンと電子端末の間を視線で往復し、唸りながら、複数のレバーを移動させ、ペダルの一つをいっぱいに踏み込む。

 警告音は鳴り止まない。

「へい、相棒、何が起きている?」

 テクトロン人が普段より少し強張った声で言うが、俺は平然と答えてやった。

「何度かリキッドブースターがぐずついてな、計算した航路から外れつつある」

「それで?」

「無理やりに航路を修正している。リキッドブースターはこれでオシャカになるかもしれない」

「それはまた、豪勢なことだ」

「もしかしたら三連環ハイブリッド推進器が壊れる可能性がある」

 今度ばかりは、相棒がまじまじとこちらを見た。俺は笑うしかない。奴は本気で心配している声を続ける。

「仕事でどれだけ稼げるか、頭から消えているわけじゃないよな?」

「少しは儲けが出る。そして俺たちの首と胴が生き別れになることもない」

 最悪な仕事だ、と相棒はうなだれている。テクトロンが負けを認めるとは、最後にいいものが見れた。

 船が間断なく揺れ始める。

 サイレント・ヘルメスの速度をチェック。〇・九ダブルセカンド。あと〇・一ダブルセカンドは加速できるな。

 リキッドブースターを無理やりに安定させ、エネルギーチャージャーから三連環ハイブリッド推進器への叱咤を激しくさせる。

 尻を蹴り上げられたように、ヘルメスが加速する。

 またも警告音。ソリッドブースターの瞬間的な息継ぎが連続し、またも航路が歪む。

 くそ、計算し直してばかりだな。

 電子端末をペンでなぞり、手書きで計算し、超複雑な分野だけをコンピュータに押し付ける。

 複雑怪奇な共同作業の間も、我が相棒はのんびりとシートにもたれている。音楽でも聞いているのかもしれない。

 強烈な衝撃に、ベルトが跳ね飛びそうになる俺の体を抑える。帯が肩から胸に食い込み、骨が軋む。

 ひときわ大きな警告音が、その痛みと息苦しさを無視させる。

 相棒は動じない。これはもう、投げ出しているらしい。

 航路の歪みが限界だ。しかし速度は〇・八ダブルセカンド。ほぼ最高速だ。

 航路図を見る。計算しながら、頭の奥では別のものが計算される。

 不意に視界が開けた気がした。

 片手でペンを握るのでは間に合わないので、両手でペンを持って計算式を書き出し、それをそのまま電子端末のコンピュータが解析する。

 どれくらいの時間だったか、俺は気づくとペダルを二つ、同時に踏み込み、重すぎる操縦桿を渾身の力で捻っていた。

 警告音は止まらない。

 しかし一番大きな赤い表示は消えた。

 じっと見据え、俺はその遠くに目をやろうとした。

 時間が流れていく。警告は消えることがない。しかし船は飛び続けている。

 速度が、〇・八ダブルセカンドと〇・七ダブルセカンドの間をいったりきたりする。

「新記録だな」

 思わず呟いてももう相棒は無言のまま。もしかして気を失ってやがるのか?

 俺はそれからも各装置を微調整し、そのまま航路の微調整をした。しかし航路の乱れはもう起きない。最大の山場は超えられたと言える。

 長い長い格闘が終わり、俺はレバーに手を置いて、引き戻す。

 スクリーンに通常の宇宙が戻り、目の前に真っ青な惑星が見える。

 惑星クリアファだ。

 時計を見る。約束の刻限には間に合いそうだ。

「命がかからない仕事の尊さがわかるな」

 思わずそういうと、「命知らずめ」と相棒が急に言葉を発した。

「寝ていると思ったよ」

「そこまで豪胆じゃない」

「そう言ってくれる奴がいるのも、きっと俺にはありがたいことなんだろうな」

 勝手に言っていろというと、相棒が席を立ち、操縦室を出て行った。目的地に荷物を届けた後、船を修繕するのに必要な部品や道具を調べに行ったのだろう。

 惑星クリアファに船を向けながら、俺は思わず顎を撫でた。

 命が尊いとこういう時に感じるのに、次の仕事に取り掛かれば、命の価値や意味さえも忘れてしまう。

 とりあえずは今、生きているから良しとしよう。

 俺はそろそろと息を吐いた。

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