Interlude I

ドクターとの初回面談

「それで、これは一体なんなんですか?」


 翌日、僕はかの医者に紹介されたドクターと面談していた。腕輪が機能して体調がいいようなら今日は登校しようと思っていたのだが、情報量が多くそれどころではなかったのだ。


「睡眠時異世界探訪プログラム。それがあの腕輪に仕込まれたプログラムの名前さ。精神と魂を肉体から切り離し、安全に異世界探索を行えるようにする。終了後に精神と魂を肉体に取り込むことで、起床時の蘇生ショックを低減することができる……、と言って伝わるかな?」

「……いえ、ちょっと整理させてください……」


 ドクターが語ったところによると、睡眠時異世界探訪症候群とは寝ている間に精神と魂が肉体を遊離することで起こるショック症状のようなものだという。急に肉体が再起動することでショック症状が起き、急激な体調の変化で体を壊しがちになるという。

 呼吸や脈拍が少なくなること自体は睡眠時無呼吸症候群など類似の事例があるが、この奇病の妙なところは「少なからず起きられない時間が存在すること」「時折奇妙な夢を見ること」だという。特に起きられなくなることは顕著で、患者は揺すろうが水を掛けようが起きられない。


「この疾患がそういう性質であるとわかったのも、それを改善する手段が見つかったのも、単に偶然の賜物なんだ」

「偶然?」

「そうとも、腕輪これは『異世界』に関する論文から着想を得た代物だ。それを見つけたのも読み解けたのも奇跡と言っていい。応用できたのは優秀なサポートが何人もいたおかげだ」


 さすがに2000頁の論文を理解するのには骨が折れたよ、とドクターはひとりごちる。


「じゃあこれをつけることで悪影響はないんですね?」

「あぁ、と言っても治験が十分かと言われると苦笑いを返すしかできないがね。普通に暮らしていく上ではつけていた方がいい。むしろつけていないといつショック症状が起きるかわからん。可能な限りつけていてほしいというのがこちらの考えだな」

「……わかりました」


 ドクターは椅子に掛けたまま足を組みなおす。雑然とした部屋はあまり人が入っていないのか、部屋の中央で堂々と座る彼は魔窟の主のように見える。長く散髪していないだろうぼさぼさになった髪と太い黒ぶちの眼鏡、青白い顔色とアイロンのかかっていない白衣が彼という存在を表しているようだ。


「さて、それでは睡眠時異世界探訪プログラムの話だが……」

「はい」

「基本的には最終目標をクリアできるよう頑張ってほしい。死んでも大きな問題はないが、生きていた方が魂と肉体に対しての負荷が少なくなる。そしてこれは、できるだけ腕輪をつけていてほしい理由にもつながる」

「……腕輪をつけていないと、死にやすくなる……?」


 そうだ、とドクターは笑う。

 腕輪を着けていることで患者は自身の持っているスキルを能動的に扱うことが可能となる。逆に言えば、着けていない場合はその保証が何もない状況で異世界に放り出されるという。

 ゴブリンキングを【ガイド】なしで討伐なんて、とてもではないが考えられない。


「そう、異世界で生き残るためにはスキルは重要だ。その上で腕輪が補助するのが機械能力アプリスキルだ。Sowlで購入できるスキルは結構な種類になるが、どれも異世界を探索する上で強力な武器になるだろう」

「よく考えて買え、ということですね」

「その通り。経験を積むまでは難易度は初級になることが多い。その間に情報の集め方や命を守る手段を考えるといいだろう」

「わかりました。参考にします」


 そのほかにドクターが言及したのは精神能力ソフトスキル固有能力チートスキルについてだった。

 精神能力はどちらの世界でも行動することで手に入るスキルだ。肉体能力ハードスキルに比べて入手難易度ははるかに高いが、入手できた際は世界を問わず大きな力になる。

 固有能力は異世界に行くときに与えられる「神の加護」のようなものだという。異世界を探索するうえで極めて強力な能力で、睡眠時異世界探訪プログラムでは強制的に取得するように設定されている。ただし、どの異世界でどの固有能力が発現するかはチュートリアルを除いてランダムになっていて、使い方を考えなければ上手く運用できないこともあるようだ。


「つまり起きている時も懸命に生きなさいと」

「そういうわけだね。……と、いうわけで本題だ。依光くん、君さえよければこの大学の附属病院に入院しないかい? モルモットのようになってしまうかもしれないが、不自由にはさせないよ」


 ドクターは待遇などを記した紙束を提示する。住む場所は大学病院と言いつつその近くの庭付き戸建て、他の患者との共同生活だが患者は現在1名のみ。衣服や食料は生活費として支払われる他、高卒認定試験の受験とそのための家庭教師の融通、他にやりたいことがあればその教育費も負担してもらえる。引っ越しに関わる費用や、両親への定期的な見舞金まで。


「……どうしてここまでしてくれるんですか?」

「そりゃ、気になるよね」


 ドクターはヘラヘラと笑いながらそう言って、椅子に座りなおす。その顔は先ほどまでの胡散臭いものではない。


「検証しなければならないものがあるんだ。君ならもうわかっているんだろう?」

「……魂魄能力ソウルスキルですか」

「その通り。単に肉体固有の能力を表す肉体能力や異世界に行かなければ効果を発揮しない固有能力・機械能力、入手条件や効果がはっきりとわかりやすい精神能力はさほど問題ではない。ただ、何が入手できるか、どのような効果があるか想定しづらい魂魄能力は、扱いを間違えると何が起こるかわからない。できればサンプルがたくさん欲しいところなんだ」

「そういうことですか。……両親とも相談が必要なので、回答は後日とさせていただいても?」

「構わない。もしこちらに来てくれるのであれば、その時に入手した魂魄能力について聞かせて欲しいところだけどね」

「……わかりました」


 僕が手に入れた魂魄能力を、ドクターが知っているのか知らないのか、とっさに判断しかねた。別に隠すようなことでもないが、何かあったときの札として用意だけはしておきたい。


「長々と話してしまったね。すまない」

「いえ、こちらこそお邪魔しました。決まりましたら連絡します」

「ああ、吉報を期待しているよ」


 しばらく話し合った後、僕とドクターはそう言って別れた。






 家に帰った僕は両親に今日の件を報告した。ボイスレコーダーで隠し撮りしていた会話も提出している。

 心配はされているが、普通の受験勉強をするには僕の体質は厄介だ。睡眠時間が固定できないのは大変に面倒くさい。ゆえに、僕はドクターの提案に前向きだった。

 何にせよ、ひとまず今日の夜の異世界探訪に向けて買えそうな機械能力を探す。


「……これだ」


 僕は有用そうな能力を手に入れると、150ptを消費して購入する。これがあれば異世界についてもっと知ることができるかもしれない。

 僕はそんな胸の高鳴りを感じながら、今日も異世界へと向かう。


―――――


Soul:依光倫

位階:I


魂魄能力:【学習能力I】【獲得ソウル増加I】

精神能力:【算術II】【礼儀作法I】

機械能力:【異世界常識I】【鑑定眼II】


KNW:I

INU:G

SWL:23


―――――


【鑑定眼II】:異世界での物の価値を判別しやすくなるスキル。IIでは特に重要なものは薄く光って見えるほか、【鑑定】を筆頭とした肉体能力の取得確率が大きく向上する。なお、消費したソウルはIで50SWL、IIで100SWLの合計150SWLである。III以降は必要SWLが跳ね上がるため、すぐに購入することは難しい。

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睡眠時異世界探訪黙示録 談儀祀 @M_Dangi

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